大相撲の番付・星取表

  • 2020.08.03 Monday
  • 16:02

「劇団は今日もこむし・こむさ」その316

 

甘い世界など無いのかもしれないが、新聞で、大相撲の番付や星取表を見るたびに、「お相撲の世界は厳しい」と思わされる。

少しの間、お相撲をテレビで見ないでいると、新しい四股名が登場し、逆に、知っている四股名が消えている。

 

一時期熱心にお相撲を見ていたが、現在は全くと言っていいほど関心が薄れている。

そのため、2020年7月場所の番付を眺めても、「志摩ノ海」、「琴勝峰」、「霧馬山」、「竜電」……、知らない関取がたくさんいる。

 

それでも7月場所は、元大関の照ノ富士が幕内に復帰して、14日目に、12勝2敗で優勝戦線のトップに立った。千秋楽で11勝3敗の御嶽海に勝てば、2度目の優勝を果たす……というので、千秋楽のテレビ放送は見逃せない気になった。

 

照ノ富士は初優勝をした2015年の頃、いずれは横綱になる存在と思われていた。だが、両膝の怪我をかかえ、内臓疾患もあって、序二段にまで落ちた。引退をひきとめた親方(元横綱旭富士)の指導もあって、頑張って幕内に返り咲くことの出来た、コロナ禍の7月場所。

 

果たして、……照ノ富士は御嶽海を力強く寄り切って、優勝を決めた。

その瞬間、国技館のお客さんたちから、「うわーっ!」という声が上がった。

マスクを通しているので、その声はくぐもっていた。声というよりも、思わず吐かれた大きな息の音と言ったほうがいいのかもしれない。

大相撲も、コロナのためにマスク着用、声援は禁止、許されるのは拍手のみ。といった中で、はからずも一斉にお客さん方の口から発せられた「うわーっ!」という声。息。テレビを通して、確かに聞こえてきた。

たとえマスクで口を覆われていても、人には、どうしても声を発しないではいられない時がある。その声、息を止めるのは難しい。

 

 

8月3日の新聞は、照ノ富士の優勝を大きく告げていた。

星取表を見ると、十両の優勝は「明生」、幕下の優勝は「千代の国」とあった。

 

千代の国と言えば、2012年頃に幕内に上がってきた力士で、その頃は私もよく大相撲のテレビ放送を見ていた。しかし、このお相撲さんは怪我が多く、一時期は幕下、三段目まで落ちたことがある。けれど、今回の照ノ富士ではないが、怪我を克服して幕内に返り咲いた。ところが、またまた怪我を負ってしまい、幕内から陥落、やがて十両からも姿を消してしまった。

 

その千代の国が幕下で優勝をしたという。しかも「7戦全勝」での優勝。

ということは、この秋場所では、十両に上がる可能性がある?

 

新聞に掲載される大相撲の番付・星取表には、お相撲さんたちの地位の上下がシビアに反映されている。

7月場所の前頭17枚目の照ノ富士に大きなドラマがあったように、番付・星取表に記された一つひとつの四股名に、たとえクローズアップされないにしても、厳しいドラマがあるのに違いない。

 

感染対策を施して上演された「赤鬼」

  • 2020.08.02 Sunday
  • 21:45

「お芝居つまみ食い」その302

 

2020年7月24日〜8月16日

主催 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京芸術劇場・アーツカウンシル東京/東京都

東京演劇道場

作・演出 野田秀樹

『赤鬼』

東京芸術劇場 シアターイースト

 

野田秀樹が「コロナウィルス感染症対策による公演自粛の要請を受け」、「公演中止で本当に良いのか」と題する意見書を出したのは、2020年3月1日だった。

それから5か月弱を経て、野田秀樹作・演出のお芝居『赤鬼』(1996年初演)が上演されると知り、これはぜひ見なければならないと思った。

 

野田秀樹は「意見書」で、「感染症の専門家と協議して考えられる対策を十全に施し、観客の理解を得ることを前提とした上で、予定される公演は実施されるべきと考えます。」と書いていた。

その「対策」とはどのようなものか、知りたかった。

野田秀樹のお芝居は1作しか見たことがないので、これを機会に見ておきたいという思いもあった。

 

私が東京芸術劇場に出かけたのは、7月31日だった。開演は午後7時だが、開場は6時15分となっていた。開演の30分前というのが普通だが、45分前になっていた。……その理由は、劇場に着いて、エスカレーターで地下に降りて行ったところで分かった。

 

チケットには「全席自由」とあり、整理番号が印字されていた。

シアターイーストの入り口に女性が立っていて、「整理番号〇〇番の方はいらっしゃいますか?」と、声をかけていた。

1番から順番に番号が言われ、呼ばれた番号の人から中に入っていく。自分の番号が呼ばれたあとで来た人は、最後まで待つことはなく、チケットを見せて、すぐに入っていく。

このような方法をとっているのは、入場の際、入り口付近で人が混雑するのを避けるためだと分かった。

(ただ、シアターイーストの場合、入り口の前に広々とした空間があるので、この方法が可能になるように思った。入り口の前に狭い空間しかない劇場だと、待っている人が密集してしまうことになる。)

 

チケットの半券は自分でちぎって箱に入れ、入場。

パンフレットは手渡されるのではなく、テーブルから各自が持っていく。

ロビーを抜け、扉の中に入る所で、靴底の汚れをぬぐうマットを踏む。

中央の舞台を、四方から、階段状の座席が囲む形。座席は可動式の(パイプ椅子より上等な)一人掛けの椅子。それが市松模様に配置されている。

 

ちょっと異様に感じたのは、中央の舞台と、周囲の観客席の間に、近頃よく見かける透明なビニールが吊られていたこと。

なるほど、観客全員が一方向から見る、普通の舞台ではないので、舞台の四方をぐるっとビニールで囲む必要があるのだと理解した。

 

パンフレットには、「感染症拡大防止の対策とお願い」というA4の紙が添えられていた。

  • 上演中を含め、会場内ではマスクご着用にご協力ください。
  • 会場内での、咳エチケットにご協力ください。
  • ロビーや客席内でのお客様同士の会話はなるべくお控えください。
  • 一度おかけになられた座席からのご移動はお控えください。
  • 終演後は、混雑緩和のため、順番にご案内させていただきますので、係員の誘導があるまでお席にてお待ちください。
  • ご観劇後に、新型コロナウイルスへの感染が確認された場合は、すみやかに劇場までお知らせください。

……など、8項目の「対策とお願い」が書かれていた。

観客同士の会話が全く無いせいか、場内は整然としていて、厳粛な雰囲気がした。シーンと静まり返った開演前の劇場を初めて経験した。

 

『赤鬼』には、白い衣裳を着た16人の人間と、赤い衣裳を着た1人の赤鬼(赤鬼と言われ、話す言葉は違うが、同じ人間に変わりはない)が登場する。

「赤鬼」という表現から、私はこのお芝居は寓話なのだと思った。

 

パンフレットの、東京芸術劇場の「ごあいさつ」という文章の中にこうあった。

「『赤鬼』が描くのは人間の持つ他者への不寛容さ、差別や偏見、そして奇しくもこのコロナ禍を生きる我々がまさに直面している「未知なる存在との共生」です。約四半世紀前に書かれた作品が、国の境も時の境も越えた普遍性を持ってよみがえります。」

 

『赤鬼』を見て、「他者への不寛容さ」を感じるのか? 「差別や偏見」について考えるのか? 「未知なる存在との共生」の問題ととらえるのか? それともまた別の見方ができるのか? それは見る人によって異なるのだろう。

 

「ごあいさつ」の中に「普遍性」という言葉があった。

まさに、この、寓話的なお芝居には「普遍性」があるので、観客はいろいろに解釈し、自分流の見方をすることが可能だ。

 

お芝居が終わったとき、私の中で『赤鬼』はまだ終わっていなかった。私は『赤鬼』を見て、自分なりの「何か」をつかむことが出来なかった。「他者への不寛容さ」と言われればそうかもしれない。「差別や偏見」の問題と言われれば、そうだろう。しかし、私の胸に突き刺さったり、じんわりと覆ったりしてくる、「何か」が無かった。

 

……ところで、舞台と観客の間に吊られていたビニールは、お芝居が始まり、照明が点くと、全く気にならなかった。

ビニールに、照明のかげんで、ときに映り込んでくる演者の姿や、ビニールの向こうに座っている白いマスクのお客さんたちの姿が、何か、思いもよらないものを表しているような気がして、興味深かった。

感染対策のビニールが、お芝居に不思議な効果を与えていたことが、妙に心に残っている。

 

三浦春馬氏ー大きな才能の喪失

  • 2020.07.28 Tuesday
  • 22:57

「お芝居つまみ食い」その301

 

2020年7月18日、三浦春馬氏が亡くなった。

青天の霹靂という言葉があるが、まさに、青く澄みわたった空がにわかに黒い雲に覆われてしまった感じがした。

 

私が三浦春馬氏の舞台を初めて見たのは、2015年5月、シアターコクーンの『地獄のオルフェウス』だった。(作 テネシー・ウィリアムズ、演出 フィリップ・ブリーン)

三浦春馬氏はヴァル・ゼイヴィアという役を演じた。この役は、映画ではマーロン・ブランドが演じている。そのキャスティングからも分かるように、ヴァルは野性味のあふれた男性だ。

 

ヴァルは30歳。それを三浦春馬氏は25歳の時に演じた。

さわやかな好青年のイメージを持つ三浦春馬氏は、5歳年上の男くさいヴァルという人物を、役者として、全神経を使って演じていた。発声の仕方、表情、立ち居振る舞い……すべてに気を配って、自分の持ち味とは違うヴァルという男を演じ切っていた。

 

『地獄のオルフェウス』のパンフレットに、三浦春馬氏はこんなことを書いていた。

「30歳だけど、彼は彼なりにそれまで生きてきた時間の中で、痛みというものを直視してきた。その経験から来る言動に、人としての深みを感じます。僕自身は30歳まであと5年、自分も深みのある人間になりたいなって思いますね。」

 

ヴァル・ゼイヴィアが、ギターを弾きながら歌をうたう場面がいくつかあった。演技力だけではなく、三浦春馬氏が、見事な歌唱力を持っていることを知らされたのも、『地獄のオルフェウス』だった。

 

その歌の上手さは、2016年の7〜8月、新国立劇場で『キンキーブーツ』のローラを演じた際にも、いかんなく発揮された。(脚本 ハーヴェイ・ファイアスタイン、音楽・作詞 シンディ・ローバー、演出・振付 ジェリー・ミッチェル)

 

『キンキーブーツ』では、歌唱に加えて、ダンスの素晴らしさをも観客に見せつけ、ミュージカル俳優としての比類ない力量を顕現してみせた。

三浦春馬氏は、「シアターガイド」の2016年8月号で、こう語っていた。

「ローラはこの物語のヒーローとして現れますが、その存在の仕方がユニークな上にもう圧倒的なんです。ドラァグクイーンの頂点を目指している人だと思うので、仕草ひとつ、どの角度から見ても美しいのは最低条件として、過去の苦しみや歩んできた人生までもが垣間見えるようにしたい。」

この言葉は、舞台上で実現されていたと言える。

 

つぎに三浦春馬氏の舞台を見たのは、2019年1月、シアターコクーンの『罪と罰』だった。(原作 ヒョードル・ドストエフスキー、上演台本・演出 フィリップ・ブリーン)

この舞台の演出は、『地獄のオルフェウス』と同じフィリップ・ブリーンによるものだった。上演台本も含めて、演出の手法に疑問があって、私は途中で退出してしまった。

 

……こうして、三浦春馬氏の3つの舞台を振り返ってきて、私は、ある夢想をしている。

 

三浦春馬氏は30歳で亡くなってしまった。

30歳といえば、ちょうど、『地獄のオルフェウス』のヴァル・ゼイヴィアの年齢。

「僕自身は30歳まであと5年、自分も深みのある人間になりたいなって思いますね。」と言っていた、よりによってその年齢で、三浦春馬氏は死を選択してしまった。

 

もし、今、『地獄のオルフェウス』を再演し、30歳の三浦春馬氏が再びヴァルを演じたとしたらどうだろうか?

『キンキーブーツ』でドラァグクイーンを演じて客席を圧倒した三浦春馬氏。その演技・歌唱・ダンスは凄みさえ伴っていた。性を超えた美しさがあった。その凄みや魅力が加わって、30歳の三浦春馬氏は、より進化したヴァル・ゼイヴィア像を創出できたのではないだろうか?

 

こんな夢想をしていると、なおさらに、大きな才能を失ってしまったということに、うちひしがれる思いがする。

自分の作品を演じるという行為

  • 2020.07.27 Monday
  • 21:13

「お芝居つまみ食い」その300

 

「小説についての小説」その196は、恩田陸の小説『蜜蜂と遠雷』を楽しく読んだことを綴らせていただいた。

国際ピアノコンクールで第1位を獲得した、「マサル」というピアニストが密かに抱いているという「野望」についての話も、新鮮で興味深かった。

どのような「野望」かというと、「マサル」は、過去に有名な作曲家たちが作った曲を演奏するだけでなく、新しいピアノ曲を自ら創作し、それを聴いてもらえるようなアーティストになりたいという「野望」を持っているのだった。

 

『蜜蜂と遠雷』を読んで、クラシック音楽の世界では、たとえ名演奏家であっても、自分が作った曲を聴衆に向けて演奏する機会は、どうやら無いらしいということを知った。(だから、演奏家としてだけでなく、作曲家としても認められるようになりたいという「マサル」の目標は、現時点では「野望」なのだった。)

 

で、私が、ふと思ったのは、演劇の世界ではどうだろうか? ということだった。

自分で戯曲を書いて、その戯曲の中で重い役割を持っている登場人物を、役者として演じている例はあっただろうか……と、振り返ってみた。

 

すぐに思い浮かんだのは、独り芝居だった。自作の戯曲を、一人で演じている先人の姿が、ひとつ、ふたつと浮かんできた。

だが、独り芝居でなければ、どうだろうか?……演出と演技を兼ねている事例はたくさんあるが、戯曲と演技を兼ねている先人の姿は思い浮かんでこなかった。

 

……と書いたのが、2020年7月20日のことだった。

それから1週間、その間に、まず、今井雅之のことを思い出した。

 

2015年に、大腸癌のために、54歳という若さで亡くなってしまった今井雅之。特攻隊を主題にしたお芝居を書き、自ら主演していたはず……という記憶がよみがえってきた。

調べてみると、それは『THE WINDS OF GOD』というお芝居で、長い期間に亘って数十回の再演をおこない、ドラマや映画としても制作されていた。

 

つぎに思い出したのは、7月20日の時点で、すぐに思いつかなければならなかった名前だったかもしれない。

野田秀樹。「劇団夢の遊眠社」、そして演劇企画制作会社「野田地図(NODA MAP)」へ、……半世紀近く、劇作家であるとともに、演出家であり、演技者であり続けている。

 

私がその名前をすぐに思いつかなかったのは、野田秀樹のお芝居の良い観客ではないからに違いない。

私が見た野田秀樹のお芝居は、たった1つ、2013年の10月〜11月、東京芸術劇場で上演された『MIWA』しかない。

宮沢りえ、瑛太、井上真央、小出恵介、浦井健治、古田新太……、というもったいないようなキャスティングの上演で、野田秀樹は勿論、作・演出、そしてオスカー・ワイルドならぬ「オスカワアイドル」を、ひょうひょうと、自由気ままに演じていた。

 

そして3人目に浮かんできたのは、長塚圭史だった。

長塚圭史は1996年に演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を結成、2011年からは「阿佐ヶ谷スパイダース」とは別に、「葛河(くずかわ)思潮社」の公演もおこなってきた。

と同時に、俳優として、ドラマや映画にも出演している。

 

長塚圭史作・演出、そして出演の舞台を私が初めて見たのは、2013年5月、シアターコクーンの『あかいくらやみ〜天狗党幻譚〜』だった。

小栗旬、小日向文世、白石加代子も出演していた舞台だったが、長塚圭史の演技も含めて、印象はぼやけている。

 

2019年9月には、鶴屋南北の「桜姫東文章」をもとにした、『桜姫〜燃焦旋律隊殺於焼跡(もえてこがれてばんどごろし)〜』を吉祥寺シアターで見た。(といっても見たのは前半の1時間30分だけで、後半の1時間は見なかった。)

このお芝居は「葛河思潮社」ではなく、「阿佐ヶ谷スパイダース」としての公演だった。

「阿佐ヶ谷スパイダース」としても、新出発の公演であったようで、集団としての熱が感じられる舞台だった。

長塚圭史の演技は、『MIWA』の野田秀樹同様、やりたいようにやっているように見えた。

 

「戯曲を書いた人間が、演技もする」

そんな芝居は多くはないように思う。

もし見る機会があれば、そこにはどんな困難や、落とし穴や、意味があるのか? 今後は注目して見ていきたいと思っている。

ダブル受賞が頷ける「蜜蜂と遠雷」

  • 2020.07.20 Monday
  • 21:55

「小説についての小説」その196

 

映画『蜜蜂と遠雷』(2019年、脚本・監督 石川 慶)を見る前に、原作は読んでいなかった。

『蜜蜂と遠雷』は国際ピアノコンクールの予選から本選までのドラマを描いた作品だ。

映画ではピアノの演奏を、(当然のことながら)実際の音として聞くことができた。

けれど、小説からは、(これもまた当然のことながら)実際の音は聞こえない。

 

映画を見たあと、ふと思った。

小説では、ピアノの演奏を、音楽を、どのようにして読者に伝えているのだろうか?……と。

それが知りたくて、原作の『蜜蜂と遠雷』(恩田 陸、幻冬舎)を読んだ。

2段組み、500ページ強の長編小説。

ページを繰るのが楽しくて仕方がなかった。直木賞(第156回)と本屋大賞をダブル受賞した作品ということに、「たしかに、そうだろうなあ」と頷ける小説だった。

 

作者は、ピアノの演奏をどのように読者に伝えているのか?

それは例えば、コンクールで第1位を獲得したマサル・カルロス・レヴィ・アナトールが、第三次予選の最初に弾いたバルトークのソナタ……。

この場合は、演奏者の内面、思い浮かべる世界を描くことによって、作者は読者に音楽を想像させてくれていた。長い描写なので、全部は引用できないが、一部引用させていただくと、こんな風だ。

 

「マサルはバルトークを弾くたびに、なぜかいつも森の匂い、草の気配を感じる。複雑な緑のグラデーションを、木の葉の先から滴る水の一粒一粒を感じる。/森を通り抜ける風。/風の行く手に、明るい斜面が開けていて、そこに建てられたログハウス。」

 

私は小説を読みながら、中学生のときの音楽の時間を思い出していた。

音楽鑑賞の授業、先生は音楽室のカーテンを閉め、クラシック音楽を聴かせてくれた。誰の、何という曲か、一つも覚えていないが、曲を聴いていると、不思議なことに、さまざまな情景が鮮やかに浮かんできたことを覚えている。

 

第三次予選で、マサルが3つ目に弾いたのは、フランツ・リスト作曲のピアノ・ソナタロ単調。

彼はこの曲を「長編小説」=「音符で描かれた壮大な物語」としてとらえる。

マサルの脳裏には、具体的に登場人物たちが現れ、物語が紡ぎ出されていく。そのイメージは6ページにも亘って叙述される。

 

曲のイメージが出来たら、今度はロ短調ソナタを一つの大きな建造物としてとらえ、曲を仕上げていく。はじめは掃除から。一部屋ずつ磨いていくうちに「この屋敷は自分のもの。自分の一部。」と思える瞬間がやってくる。

その過程が、また4ページに亘って記述されたのち、シーンはコンクール会場の舞台に戻っていき、演奏が終了する。

 

これだけでなく、作者はいろいろな工夫で、「音の出ない」はずの小説から、音を、音楽を、読者に感じさせてくれる。

音が、音楽が、作者の言葉の力、言葉の魔力によって、小説の中から湧きだしてくるように思えた。

 

 

小説『蜜蜂と遠雷』で、私が最もドキドキした個所がある。

それは、コンクールで第3位になった風間塵という少年が、本選に臨む前のリハーサルをする場面だった。彼が本選の曲として選んだのは、バルトークの協奏曲第三番だった。

 

リハーサルであるから、普通はピアノを弾いて練習するのかと思いきや、風間塵は指揮者に、オーケストラだけで第三楽章を演奏してもらいたい、とお願いするのだ。

そうして、その演奏を会場の隅で聴いてから、舞台に戻ってきて、楽団員の椅子や譜面台や楽器の位置を変えていく。(彼は、人とは違う「耳」を持っていて、そうする方がいい音になるらしいのだ。)

 

「もう一度、第三楽章をお願いします」

風間塵のやり方に、不快感を抱いた楽団員もいる中、指揮者が指揮棒を構える。

「一瞬の沈黙。/少年が最初の低音部のトリルを弾き始めた瞬間から度肝を抜かれた。/大きい。/楽団員の目の色が変わる。/音が大きい。/なんとクリアに耳に飛びこんでくることか。」

 

ここから、少年と、経験豊かな楽団員たちによる、「素敵な」掛け合い・勝負が展開されていく。

 

「楽団員の表情が真剣になっていた――いや、必死になっていると言ったほうがいい――風間塵のピアノに振り落とされまいと、置いていかれまいと、みんなが必死になっている。」

 

指揮者は、さっき風間塵が椅子や譜面台や楽器を動かしたことによって、オーケストラだけで演奏したときよりも、音のバランスが良くなっていることに気付く。

 

「誰もが、自分たちの演奏に驚愕していた。演奏しているのではなく、演奏させられている。無意識に腕が動いているのだ。/小野寺(=指揮者)は、あっけに取られて楽団員の表情を眺めていた。/このオケ、こんなに金管が鳴っていただろうか。これまで、常にパワー不足を指摘され、物足りなさを覚えていたのではなかったか?」

 

私がドキドキしたのは、ピアノ奏者とオーケストラの楽団員とが、このとき「出会い」、これまで以上の音楽を、この世界に出現させたことが、なんて「素敵な」ことだろうかと思うからだ。

一人の音楽家が、別の音楽家と遭遇したことによって、新しい魅力的な音楽が誕生する。その喜び。僥倖。それは音楽に限らずに有り得ることだろう。有り得ると思いたい。

 

 

もう一つ、『蜜蜂と遠雷』を読み、今まで私の思考の範囲に無かったことを、知らされたことがある。

 

それは、マサル・カルロス・レヴィ・アナトールが第三次予選に向かう前、舞台の袖で考えていたことだ。

「マサルはまだ誰にも話していなかったが、密かな野望があった。/それは、「新たな」クラシックを作ること――こんにちいわゆる「クラシック」と呼ばれる作曲家のように、「新たな」コンポーザー・ピアニストになることである。」

 

「今でもコンポーザー・ピアニストはいるが、クラシックには少ない。」

「クラシック専門のピアニストが自曲を披露したという話は聞いたことがない。」

そういう状況の中で、マサルはピアニストであると同時に、ピアノのための曲を作りたいと考えているのだった。

 

演奏者でありつつ作曲者であろうとするマサルのような思考のベクトルは、演劇の場合ならば、採りやすいものだ。

ただ、戯曲を書き、それを演出した先人は、すぐに何人も思い浮かぶが、戯曲を書き、それを演技者として表現した先人は、すぐには思いつかない。(たしか、独り芝居などで、自作・自演をされている方がいらっしゃるように思うが。)

小さな役ではなく、作者が、大きな役を受け持って、自ら表現されている例はあるのだろうか? 今後、気をつけて見ていきたいと思った。

 

 

『蜜蜂と遠雷』……映画を見てから、小説の世界に入った。

小説を読むのに、映画の記憶が邪魔になるということは全く無かった。

小説の世界は圧倒的で、映画とは別物に感じられた。登場人物たちの容姿も、雰囲気も、映画に出演した俳優さんたちとはまるで違う人物たちが、今、私の中で生きている。

 

香港の図書館・学校で始まったー一部書籍の排除

  • 2020.07.18 Saturday
  • 19:46

「劇団は今日もこむし・こむさ」その315

 

香港の状況から目が離せない。

2020年7月6日の新聞(産經)を見て、「ああ、やっぱり」と思わされた。

その記事は、香港の公立図書館で、閲覧と貸し出しがされなくなった書籍がある――というものだった。

 

閲覧と貸し出しがされなくなったのは、

〇 「香港衆志(デモシスト)」の幹部だった黄之鋒(ジョシュア・ウォン)氏

〇 香港の自治強化を主張する、学者の陳雲氏

〇 立法会(議会)民主派議員の陳淑荘氏

の書籍、計9冊であるとのこと。

 

さらに、翌々日8日の新聞には、香港政府が各学校に対して、国家安全維持法に抵触するような教材や図書を排除・撤去するように求めた――という記事が載った。

 

世の中には、さまざまな意見を持つ人がいる。そして、その意見をさまざまな媒体を通して発表している。

中には、権力を持つ人々にとって、都合の悪い意見もあるだろう。けれど、その都合の悪い意見を世の中から抹消しようとする行いは、21世紀の今日、許されることではない。

 

日本でも戦前、検閲があった。敗戦後は、GHQによって検閲を受けた。GHQによる焚書もあった。

「どこで」生きるか? その場所を選べることは、人の自由にとって、根本的な事柄だ。……と、先日、このブログに書かせていただいた。

どのように感じ、考えるか? それを社会に向かって表現できることもまた、人の自由にとって、根本的な事柄の一つだと思う。

 

8日の記事には、香港政府が国家安全維持委員会を開いたこと、そして、国家安全維持法に違反した容疑を捜査する際の、実施細則を決めた――というニュースも併せて書かれていた。

実施細則には、例えば、

〇 捜査令状なしの家宅捜査や盗聴が可能なこと

〇 ネット業者に対して、国家の安全に危害を加えるような情報などの削除や、アクセスの制限を要求できること

などが含まれている。

 

書物を自由に閲覧できなくなるだけでなく、やがて、香港の人々はインターネット上での発言も制限、抹消されることになるのではないかと恐れる。

 

「焚書」は、中国古代、秦の始皇帝がおこなった行為だ。

中国政府・香港政府が今おこなっていることは、その繰り返しに見えて、空しい。

世の中、「ホワイトカラー」ばかりじゃない

  • 2020.07.17 Friday
  • 21:35

「劇団は今日もこむし・こむさ」その314

 

厚生労働省の「新しい生活様式」の実践例で、「働き方の新しいスタイル」として、一番に推奨されているのは、「テレワークやローテーション勤務」だ。

東京都の「新しい日常」の「働き方」の項で、最初に書かれているのも、「テレワークや時差出勤を積極的に行おう」という呼び掛けだ。

 

政府も都も共通して、「新しい働き方」の鍵は「テレワーク」にあると考えているらしい……、と思っていたところ、産經新聞(2020年7月3日付)の「正論」というコラムに、「コロナ禍転じ社会変革の起爆剤に」という文章が載った。筆者は早稲田大学の川本裕子教授だった。

 

書き出しは、こうだ。

“新型コロナウイルスへの対応の中から生まれたテレワークの拡大。日本を停滞させてきた諸課題の解決に向けた起爆剤になる可能性も秘めている。”

 

「テレワークの拡大」は、社会変革の起爆剤になる可能性を秘めている、という話だった。

 

教授は続けてこう書く。

“多人数の会議の禁止、夜の懇親会自粛が実施される中、テレワークの拡大により、会議の参加者や時間を見直し、無駄なプロセスを省くことができた、という人は多い。経営者からは、「考える時間が増えてよかった」という声も聞く。各人が時間の使い方について振り返り、改革が前進している。”

 

「テレワーク」が拡大して、実際に「改革が前進している」という。

……そうであるならば、結構なことだとは思うが、文章を読んでいて、ずっと気になることがあった。

その「気になること」が何なのか?

文章の終わりの方で、つぎのような文が出てきて、はっきりした。

 

“もちろんテレワークなどによる効率化にはなじまない職種もあることも忘れてはならない。看護、介護や保育などだ。”

 

そう、「テレワーク」をしようにも、出来ない職種があること、そのことが、私の気になっていたことだった。

教授が、そのことに触れてくれたのは良かった。だが、教授が挙げたのは、「看護、介護や保育など」だった。

たしかに看護・介護・保育は「テレワーク」になじまないだろう。その通りだろう。しかし、「テレワーク」では仕事にならない職種は膨大に存在するのではないか?

間違っているかもしれないが、農業・漁業・林業など自然を相手にしている人、小さな製品から大きなビルに至るまで、物を作り出している人、物を運んでいる人、食べ物や生活に必要なものを販売している人、各種のサービスを提供している人、医療・交通・消防・警察・国防・教育などに従事している人、文化・スポーツ・芸術・娯楽などに関わっている人……それらの人々の姿が思い浮かんでくるのだが、これらの職種と「テレワーク」はなじむのだろうか?

 

いわゆるホワイトカラー(近頃、こんな言葉は聞かないが)には、きっと「テレワーク」はなじむのだろう。

だから、ホワイトカラーの世界の変革に「テレワーク」が役に立つ……という風に言ってもらえると、私にもうなずけるのだが。

 

教授は、教育についても触れている。

“筆者の大学院の講義も4月から全面的に遠隔で行っている。教材の準備に時間をかけ、学生とのやりとりも普段よりも多くなり、なかなか良いものになっているように感じる。”

 

「遠隔」の授業についても、“なかなか良いものになっている”と、教授は前向きに評価している。

だが、それは、授業の相手が大学院生だからなのではないか?

これも私の推定に過ぎないが、高校生・大学生・大学院生なら、「遠隔」の授業は有り得るように思う。

けれど、小学生・中学生には、「遠隔」の授業は基本的になじまないように、私は考えている。

 

小学校・中学校には、向学心のある子供たちばかりが通ってくるわけではない。(まるで「大学生」みたいな中学生も、中にはいたりするけれども)

勉強にまるで関心のない子供、そもそも勉強の仕方が分からない子供、勉強の道具さえ持っていない子供も含めて、教師が一人一人と対面して児童・生徒と学んでいくのが小学校・中学校であると私は思っている。

 

ただし、今回のようなウイルス禍のような状況を想定して、「遠隔」の授業の環境を整えておくことは大切だと思う。また、その環境は、不登校や引きこもりの子供に役立つ場面があるかもしれない。

そういった面での必要性は理解できるけれども、小学校・中学校の段階では、「遠隔」の授業を拡大することが、教育の改革に資するとは思えない。

 

「新しい生活様式」でも「テレワーク」。

「新しい日常」でも「テレワーク」。

新聞で読んだ文章にも、「テレワーク」が、何か、打ち出の小づちみたいな感じで書かれているように感じて、書かずにはいられなかった。

香港人の闘いは終わらない

  • 2020.07.16 Thursday
  • 16:48

「劇団は今日もこむし・こむさ」その313

 

2020年6月30日、香港国家安全維持法が施行され、香港は中国に呑み込まれた。

 

翌日の7月1日、新聞に「民主派団体が解散表明」という見出しの記事が掲載された。(以下、産經の藤本欣也記者の記事による)

 

解散を発表したのは「香港衆志(デモシスト)」で、幹部の黄之鋒(ジョシュア・ウォン)氏や、周庭(アグネス・チョウ)氏らの脱退を受けてのものだった。

黄之鋒氏は2019年の9月に、アメリカの公聴会で証言したことなどから、“香港国家安全維持法の摘発対象になるとの見通しが強まっていた。”という。

 

黄之鋒氏はSNSで、

「悪法が迫る中、政治監獄につながれるのか中国に移送されるのか、だれも明日のことがはっきりと分からない」

「これからは個人の身分で信念を実行する」

「わが家、香港を守り続ける」

と述べたそうだ。

 

独立派の団体、「香港民族陣線」もまた、香港の本部を解散すると発表した。

 

7月4日の新聞には、香港立法会(議会)の元議員、羅冠聡氏が香港を離れたという記事が載った。

羅冠聡氏は、「雨傘運動」のリーダーの一人で、黄之鋒氏や周庭氏たちと政治団体「香港衆志」を結成し、代表を務めていた。

 

羅冠聡氏は7月1日、アメリカの下院外交委員会の公聴会に、オンラインで出席し、香港国家安全維持法の導入を強行した中国への、圧力を強化するよう訴えた――その時点で、氏はすでに香港を離れていたらしい。記事には、

“羅氏は2日夜、SNSを通じて発表した声明などで、香港を離れることへの批判があるのは分かっているとしつつ、「香港にとどまっていても活動ができない。民間外交活動を続けるために苦渋の決断をした」などと語った。滞在先は明らかにしなかった。”

とあった。

 

黄之鋒氏、周庭氏はともに23歳、羅冠聡氏は26歳という若いリーダーたちだ。

彼らが団体から離脱することや、香港から離れることを決断するにあたっては、深い懊悩があったことと思う。それを批判することは出来ない。さきゆきが案じられるばかりだ。

 

そんなところに、7月10日、「香港議会選 国安法の影」と題する記事が掲載された。

記事には、黄之鋒氏の写真も添えられていた。

マイクを持つ黄之鋒氏の写真は、明らかにつぎの行動を起こしていることが分かるものだった。注目して記事を読んだ。

 

記事は、香港では9月6日に立法会(議会)の選挙が実施される。それに先立ち、民主派は、候補者を絞り込む予備選を7月11・12日におこなう。……だが、“盛り上がりを欠いている”というものだった。

香港を離れた羅冠聡氏もこの予備選に出馬していたが、SNSで予備選からの撤退を表明した。

だがその一方、黄之鋒氏は予備選に出馬し、“予備選で「香港人は屈服していないことを政権側に知らしめよう」と投票を呼び掛けている。”と記事は綴っていた。

写真はその、呼び掛けの様子を撮影したものだった。

 

「悪法が迫る中、政治監獄につながれるのか中国に移送されるのか、だれも明日のことがはっきりと分からない」

……そういう状況が身に迫る中での、黄之鋒氏の行動。胸を打たれるものがあった。

 

翌12日の新聞では、小さな写真の中に、周庭氏の姿も、認めることができた。

彼女は、予備選で、女性候補の応援に駆け付けて、

「この予備選は最後の自由な選挙になるかもしれません」

と、投票参加を呼び掛けたという。

黄之鋒氏、周庭氏、それぞれに活動を継続している姿を確認することができた。

 

民主派は予備選の投票者数として、17万人を目標としていた。

ところが、11・12日の投票に参加した数は、61万人に上った。目標の4倍近い参加があったことになる。

黄之鋒氏は、九竜東選挙区でトップの票をとり、立法会選に出馬することになった。氏は、

「香港人にとって最後の自由な選挙が終わった。自由のための本当の闘いがこれから始まる」

と、声明を発表した。

 

15日の記事によれば、中国の「香港マカオ事務弁公室」は、民主派の予備選について、

“「基本法と香港国家安全維持法(国安法)への公然たる挑戦だ」として、「香港政府は容赦なく厳罰に処さなければならない」と表明した。香港政府は予備選に関する調査に乗り出したが、国安法違反での捜査が本格化するのは確実だ。”

という。

 

香港人の闘いはまだ終わっていない。

クラスター発生ー劇場再開の試練

  • 2020.07.14 Tuesday
  • 22:40

「劇団は今日もこむし・こむさ」その312

 

新型コロナウイルスの感染拡大にともなって、劇団こむし・こむさは、2020年10月13日に予定していた第7回公演を、中止する判断をさせていただいた。

緊急事態宣言が解除され、さまざまな方面で抑制・停滞していた活動が、ようやく、少しずつ再開されつつある。

演劇の分野でも、徐々に公演がもたれるようになり、当然のことながら、その動向が気になっている。どのような形で、どのような配慮をして公演がおこなわれるのか? そして、その形・配慮は今後、いつごろまで継続されるのか?……等々。

 

全国公立文化施設協会という公益社団法人が、「劇場、音楽堂における新型コロナウイルス感染拡大予防」のためのガイドラインを、5月25日付で出している。

A4、10ページに亘る長文のガイドラインのうち、公演の主催者が公演当日にとらなければならない対策として、つぎのようなことが書かれている。(全部は載せられないので、一部をご紹介したい。)

 

  • 周知・広報
    • 咳エチケット、マスク着用、手洗い・手指の消毒の徹底
    • 社会的距離の確保の徹底
    • 下記(略)の症状に該当する場合、来場を控えること。
  • 来場者の入場時の対応<6項目のうちの2項目>
    • 事前に余裕を持った入場時間を設定し、(中略)開場時間の前倒し等の工夫を行ってください。
    • パンフレット・チラシ・アンケート等は極力手渡しによる配布は避けるようにしてください。
  • 公演会場内の感染予防策<7項目のうちの3項目>
    • 接触感染や飛沫感染を防止するため、消毒や換気の徹底、マスク着用と会話抑制等、複合的な予防措置に努めてください。
    • 座席は原則として指定席にするなどして、適切に感染予防措置がとれる席配置とするよう努めてください。
    • 座席の最前列席は舞台前から十分な距離を取り、また、感染予防に対応した座席での対策(前後左右を空けた席配置、又は距離を置くことと同等の効果を有する措置 等)に努めてください。
  • 公演関係者の感染防止策(略)
  • 感染が疑われる者が発生した場合の対応策(略)
  • 物販(略)
  • 来場者の退場時の対応(略)

 

 

舞台公演を再開した各主催者、および劇場の関係者は、多岐にわたる感染予防を講じた上で、お客さんを迎え入れたのに違いない。どれほどに神経を使っての公演か、その苦労が身に染みて分かる気がする。

 

緊急事態宣言が解除されて以降、一時少数に抑えられていた感染者数が、再び増加していたが、再開された舞台公演でも、クラスターが発生してしまった。

6月30日〜7月5日、新宿のシアターモリエールで上演された「THE★JINRO―イケメン人狼アイドルは誰だ!!―」という舞台の関係者・観客の中から、30人の感染者が出たとのことだ。内訳は、出演者が16人、スタッフが5人、観客が9人という。(7月13日付Sponichi Annex配信)

 

果たして、どのような形で上演をしたのだろうか?……非常に気がかりだった。

座席については――「シアターモリエールは通常は186席。今回は政府のガイドラインに合わせ、100席弱に減らして上演。」(同じSponichi Annexの7月12日付配信)

7月14日のテレビ(番組名は失念)でも、このニュースが流れ、劇場の様子を写した映像が紹介されていた。それを見ても、確かに、座席は前後左右を空けて配置されていた。

 

テレビでは、観客の言葉として、

〇 マスクを絶対にしてくるように言われていたこと

〇 一番前の列の観客にはフェイスシールドが配布されていたこと

〇 公演の途中、10分間窓を開けて換気をしていたこと

などが語られていた。

 

こうして見てくると、感染防止の手立てはされていたように思えるが、7月12日のSponichi Annexでは、つぎのようなことが指摘されていた。曰く、

「この感染拡大の原因とみられるのが、体調不良の出演者がいながら上演を強行した疑いだ。」

あくまでも「疑い」であるけれども……。

 

また、出演者の人数に比較して、楽屋が狭かったことや、一部の出演者が出待ちのファンと握手したり、サインをしていたことなど、「感染予防の意識の低さも感染拡大につながった可能性もある。」としている。

 

「THE★JINRO」の舞台が、どのような作品か分からない。

「イケメン人狼アイドルは誰だ」という副題からすると、演劇というよりもイベント的要素の濃い催しなのかもしれない。

しかし、同じように劇場をお借りして、舞台と観客席とで時間を共有するという点では、他人事とは考えられない。

その意味で、せっかくの活動再開ののっけから、劇場という場を介して、たくさんの感染者が出てしまったことは、とても残念でならない。

入院された皆さんが、1日も早く快復されますように。

出前は「新しい生活様式」になれるか

  • 2020.07.13 Monday
  • 20:24

「劇団は今日もこむし・こむさ」その311

 

東京都が提唱する「新しい日常」では、食事に関して、「テイクアウトやデリバリーを利用しよう」とある。

厚生労働省が示している“「新しい生活様式」の実践例”では、同じ趣旨のことを、「持ち帰りや出前、デリバリーも」と表現している。

 

同じことを言っていても、微妙に言葉遣いが違うのが、(不謹慎かもしれないが)面白く感じられる。

東京都が「テイクアウト」なのに対して、厚労省は「持ち帰り」。同じことを英語で言ったり、日本語で言ったり……。

また、東京都は「デリバリー」だけなのに、厚労省は「出前、デリバリー」と、日本語と英語の両方で言っている。

 

厚労省はどうして、「出前」と「デリバリー」を並べて書いたのだろう? ふと、それが気になった。その2つには、なにか違いがあるのだろうか、と思って、広辞苑で調べてみた。

出前=料理を調理して注文された家に届けること。また、その料理。仕出し。

デリバリー=配達。配送。

念のため、コンサイスの英和辞典も引いてみた。

Delivery= ’枌、送達、配達品 ◆^渡し、交付、伝達、【法】正式譲渡 (以下略)

 

「デリバリー」は、料理の配達に限らず、その意味は広いようだ。しかし、「食事」の項で「デリバリー」という言葉を使用すれば、それは「出前」と同じ意味になる。

かくして「出前」も「デリバリー」も同じであるのに、何故厚労省は、同じことを繰り返したのだろうか?

 

私の深読みかもしれないが、「出前」という言葉に慣れている年代の人、「デリバリー」という言葉に慣れている年代の人、その両方に伝わりやすいようにする意図があったのではないだろうか。

「出前」はどちらかというと年齢の高い人、「デリバリー」は若い人に親しみのある言葉だとすれば、両者を並列した方が伝わりやすくなる。

 

かつて、「出前」と言えば、お蕎麦屋さんにしろ、ラーメン屋さんにしろ、お寿司屋さんにしろ、近所にお店を構えていた。そこに出かけていけば食べられるのだが、忙しかったり、おっくうだったり、お客さんが来た折に、お店で作って届けてもらうのが「出前」だった。お店の人と、出前を頼む人との関係は、顔見知りの間柄だった。

 

一方、「デリバリー」の方は、お店を構える・構えないに関係なく、食べ物を作り、配達する。料理をする人の顔を、「デリバリー」を頼む人は知らない。配達してくれる人だけが、わずかな接点となる。

「出前」の範囲は限られていたが、「デリバリー」の範囲は広い地域をカバーしている。

 

同じ、「食べ物の配達」でも、かつての「出前」と、今の「デリバリー」では、別の経営の形態、文化と言っていい。その点で、東京都より、厚労省の方が、広い層の人を意識した言葉遣いと言えるのかもしれない。

 

“「新しい生活様式」の実践例”の一つとして、「出前」という言葉が遣われたことに、私はほっとするものを感じる。

「デリバリー」という言葉にはない温もりが、「出前」にはある。

けれど、私の暮らすエリアから、本屋さんが消え、文房具店が消え、時計屋さんが消え、そしてお寿司屋さんが消えてしまって、もう何年にもなる。

 

「出前」という言葉が、「デリバリー」という言葉に吸収されて、いつしか死語になってしまわないように、“「新しい生活様式」の実践例”の一つとして、ぜひ「実践」をしたいと思う。

だが、(私の近所の場合)「出前」をする馴染みの店が見当たらないのが、情けないけれども現実です。

PR

calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< August 2020 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM