役不足ー「黒蜥蜴」の成河

  • 2018.02.19 Monday
  • 13:26

「お芝居つまみ食い」その220

 

2018年1月9日〜28日

企画・制作・主催 梅田芸術劇場

原作 江戸川乱歩、脚本 三島由紀夫、演出 デヴィッド・ルヴォ―

「黒蜥蜴」

日生劇場

 

成河が出るというので、見にいった。

おそらく明智小五郎を演るのだろうと思い込んでいたら、雨宮潤一役だった。

 

パンフレットを読むと、演出のデヴィッド・ルヴォ―自身が黒蜥蜴に中谷美紀を、明智小五郎に井上芳雄を選んだらしい。

 

同じくパンフレットに、「黒蜥蜴」の製作発表会見のときのレポートが載っていて、成河はその会見でこう語ったという。

「正直、お話が来た当初はお断りをしようと思っていました。」

「雨宮は若くてフレッシュな人物。さらに純粋で美青年。僕はもう36歳なんですよ! でも、ルヴォ―さんが会って話す機会を作ってくださって、そのときの熱意に胸を打たれました。なけなしの純粋さと美青年の要素をかき集めて頑張ります!」

 

これを読むと、雨宮潤一に成河を選んだのも、演出家自身のようだ。

しかし、どうなのだろう? 

舞台を見ていて、雨宮潤一をなにも成河が演らなくてもいいのではないか、という思いを私は抱いた。純粋で美青年の役ならば、ほかの役者さんでもいいのではないかと。

 

むしろ、成河が演じるのなら、明智小五郎の方ではないかと私は思う。

黒蜥蜴と対立しながら、実は黒蜥蜴を最も深く理解し、かつ愛している明智小五郎。

そんな複雑な人物を演じるときにこそ、成河の役者としての肉体、演技力が圧倒的な威力を発揮するように思うのだ。黒蜥蜴に堂々と対峙する、怪しく、魅力的な明智小五郎が造形され、舞台全体をも、もっと熱いものに変容させることが出来たのではないか。

 

今回の「黒蜥蜴」の成河は、ひと言で言ってしまえば、役不足だったと思う。

「お話が来た当初はお断りをしようと思っていました」という、そのインスピレーションに従った方が良かったのでは?

余計なこととは知りつつも、成河の演技に何度か驚かされ、うなった者として、つい言ってしまった。

 

伝えたいことを、演劇だからこそのエネルギーで

  • 2018.02.16 Friday
  • 16:18

「劇団は今日もこむし・こむさ」その220

 

2017年10月27日、両国のシアターXで、ムベネ・ムワンべネ構成・演出・出演の、ひとり芝居『虎のはなし』を観た。(原作 ダリオ・フォ)

そのときに感銘を受けた、ムベネ・ムアンベネ氏の構成と演技の見事さについては、「お芝居つまみ食い」208に記させていただいた。

 

2018年1月発行の「月刊シアターX批評通信」に、『虎のはなし』の批評が2本掲載されていた。

そのうちの、八木昭子氏(東京ノーヴィ・レパートリーシアター事務局長)の「俯瞰した視点から、こころで感じ取る訓練が必要」と題する文章を読んで、共感したことが2つあった。

 

1つは、ムベネ・ムアンベネ氏についての、つぎの言葉だ。

「彼は、日本の観客に何を伝えたいかが明確だったし、俳優としての魅力があった。彼の魅力とは柔軟な身体、自然な声、即興性、開かれた心だ。ダリオ・フォの『虎のはなし』を自国で起こった反政府デモをテーマに翻案した話だった。」

まさに、その通りだと思う。

 

もう1点は、つぎの言葉だ。

「現在、日本の演劇界の問題は、観客に何を伝えたいかが解らない作品が多すぎることだ。一見充たされた生活の中で、問題を自分のこころで感じ取ることが難しくなっているのかもしれない。人間とは何か、幸福とは何か、日常の生活ではなく、広い、俯瞰した視点から、こころで感じ取る訓練が必要だ。演劇だからこそのエネルギーを観客が感じ取れなければ、演劇人同士で互いの芝居を見合うただのサークル公演でしかない。」

 

ムベネ・ムアンベネ氏の実践に呼応しての、八木昭子氏の文章。……重要なことをズバリ指摘していると思う。

人間とは何か、幸福とは何か、広い、俯瞰した視点から感じ取る訓練をしなければ、その舞台は、観客に何を伝えたいのか分からない作品となってしまうということ。

そして大事なのは、「演劇だからこそのエネルギー」だ。演劇だからこそのエネルギーで、その伝えたいことを、観客のこころに響かせていくことだ。

 

劇団こむし・こむさも、間もなく第5回公演の台本が確定する段階に来ている。

第5回公演においても、私たちの伝えたいことを、演劇だからこそのエネルギーでもって、表現していきたい。

変容する家ー松浦寿輝「幽」

  • 2018.02.14 Wednesday
  • 20:24

「小説についての小説」その125

 

松浦寿輝の「幽(かすか)」(講談社文芸文庫『幽 花腐し』)をまた読んでみた。

 

主人公の伽村は江戸川の近くに建つ家に、一人で暮らしている。

前の職場の同僚=永瀬に「ご随意に使ってください」と言われて住まわせてもらっているのだ。

この家は「妙な家」で、突き当たりだと思っていた壁の向こうに、廊下が続いていたり、玄関を入ってすぐのところにあった階段が、あるときは廊下の先にあったりする。二階家だと思っていたら、平屋になっていたりもする。

 

そんな家について伽村は、

「人間の伴侶がそうであるように、この家もまた日々とりとめもなく変容し異なった顔を見せ、決して一つの凝固した姿に収まらずにいるということなのかもしれない。」

と考える。

 

「いったい家とは何なのだろう。」

伽村は、昔近所の女の子のおままごと遊びに付き合ったとき、

「玄関の傘立てから持ち出してきた大人用の大きな傘を一つ広げて何かに立てかけてみる、と、その傘に囲われた円形の内部がたちまち誰それさんちの家庭になってしま」ったことを思い出し、こうも考える。

「家とは雨風や寒さから人を守ってくれる防壁のことであるよりはむしろ、ここまでは外の世界、ここを越えればもう内側というその象徴的な境界そのもののことなのではないだろうか。」と。

 

「ではその傘とはいったい何なのか。」

伽村は「この傘に当たるのはやはり女だった。」と思う。

「ただとりとめもなく間取りを変える家に身を置いていても伽村には外から切り離された安全な内に保護されているという実感はあまりなく、やはり生活を共にする女が傍らにいなければ家は家にならないような気がしてならなかった。(略)女が傘を広げてその内に迎え入れてくれないかぎり男の生はいつまでも仮初めのものでしかないのだと伽村は思った。」

 

だが、かといって、「女を見つけてきて暖かな家庭を築いてみたいなどという欲望はもはや伽村にはさらさら」ないのだった。

伽村は四十代半ば。「厄介な病名」の病気になり、「難儀な手術」を繰り返したが、もう治らない体だ。元の女房は別の男と暮らしている。……そういう境遇の男だった。

 

伽村の思索はさらに深まっていく。

「もっとももし仮初めと言うのなら家庭があろうがなかろうがこのうつし世での見過ぎなど本当のところはことごとく仮初めのものにすぎないのではないだろうか。/幽明境を異にするなどと言うが、たぶんこの家はその幽と明との間の境界そのものなのだろう。」

 

ある午後、伽村は雨の中、傘をさして江戸川の土手道を上流に向かって歩いていく。強風が吹いてきて、傘が吹き飛んでいく。

そのときの伽村の心の内。

「家というのもそれかと伽村は思った。そうだ、傘などない方が俺にふさわしいのだ。家が傘だとすれば、そして傘が家だとすれば、家らしい家を持たない今の俺は傘など持たずに雨にうたれたままでいる方がずっといいのだ。今住んでいる、あるいは住まわせてもらっている永瀬の家も仮住まいのテントのようなものだという考えがまた蘇ってきて、逆に言えばあの家での行住坐臥も寒雨にうたれ、顔が冥く翳り誰の目にも見えない人々に囲まれながら土手を歩きつづけるのとあまり変わることがないはずだと思い、しかしそれはいっそ爽やかで自分が自分であるというのは結局そういうことなのだと思う。」

 

伽村は家も傘もない方が、俺にふさわしいと考える。

彼は「それはいっそ爽やかで自分が自分であるというのは結局そういうことなのだ」という境地に辿り着いた。

「妙な家」が不思議な変容を見せたのは、伽村をここに到達させるための仕掛けだったのかもしれない。

震える声

  • 2018.02.13 Tuesday
  • 12:14

そのときテレビの中で

人は皆声を張っていた

地方局の記者の君は

声を張っていなかった

張れなかったのだ

津波に呑まれていった

ひとびとについて語る

君の声は震えていた

君の心が震えていた

私もまた震えていた

今君はどうしているか

震えつづける胸の底に

ペンを握り瓦礫に立つ

君の姿が確かに見える

 

(2011年6月21日)

「気がつけば、こんな詩が」219

浅草歌舞伎あれこれ

  • 2018.02.12 Monday
  • 13:43

「お芝居つまみ食い」その219

 

2018年1月2日〜26日

製作 松竹株式会社演劇部

新春浅草歌舞伎・第2部

「操り三番叟」

「双蝶々曲輪日記 引窓」一幕

「名作左小刀 京人形」

浅草公会堂

 

お客さんの上演中の会話などがどうにも我慢できなくなって、2008年を最後に、浅草歌舞伎を見に行かなくなっていた。

昨年、ふと、また見る気になった。お客さんのおしゃべりは皆無ではなかったものの、だいぶ少なくなっていた。

今年はどうだろうかと、不安を覚えながら出掛けたところ、その日たまたまだったのか分からないが、お客さんの声に観劇を邪魔されることが全く無かった。ほっとした。

 

通路側の席に座っていたお客さんが、通路に荷物を置いていたところ、それを会場係の女性が注意しにやって来た。それを見て、お客さんのマナー向上に向けて、主催者が努力していて、その結果、上演中の私語も無くなってきたのかなあと考えたりした。

 

今年、浅草歌舞伎を見ようと思った理由は2つあった。1つは中村歌女之丞の演技。もう1つは、中村梅丸という役者はどんな役者なのか知りたかった。

 

中村歌女之丞については、「瞼の母」(2017年12月、歌舞伎座)の夜鷹・おとらの演技を見て、いいなあと感じ、またあんな演技が見られたらと思った。

今回、第2部では「引窓」に、母・お幸の役で出ていた。

義理の子である南(なん)与兵衛と、実の子である濡髪長五郎との間で、揺れ、苦しむ母親……という、大切な役。しどころもたくさんある。

 

実際、歌女之丞は、そのしどころを外さずにやっていたように見えたのだが、今一つ、お芝居が盛り上がっていかないように感じた。

どうしてなのだろうかと考えて、おそらくほかの若い役者さんとのアンサンブルの問題なのではないだろうかと思った。

「瞼の母」では市川中車とのアンサンブルが見事にはまり、互いの演技の力と力が相乗効果を生んでいた。しかし、今回は、その相乗効果を生み出すところまで至らなかった、ということなのではないだろうか。

 

中村梅丸は、御曹司ではないということを知って、関心を抱いた。

パンフレットにも、こんな風に紹介されていた。

「一般家庭出身で、幼いころから母と歌舞伎を見るうちに魅了された。初舞台は八歳の時。その翌年、中村梅玉の部屋子に迎えられて十二年になる。」

 

そういう役者さんが、どんな演技をするのか楽しみだった。

しかし、中村梅丸は第2部では、「操り三番叟」では「後見」の役だったし、「京人形」の娘・おみつの役は、奇麗な着物を着て登場したかと思うと、あっと言う間に花道から去っていってしまい、どんな役者さんなのか分かり得なかった。

楽しみは、また、つぎの機会に。ということになった。

 

ところで、浅草歌舞伎では毎回、「お年玉<年始ご挨拶>」と称して、お芝居の前に役者さんが一人出てきて話をする。「お年玉」なので、サービスのつもりかもしれないが、これから芝居を演じる役者さんが、素に戻って(普通の若者っぽく)話をする姿を見てしまうと、私などは興が覚めてしまう。

お客さんは、盛大な拍手をしているので、喜んでいるようだけれども、盛大な拍手はお芝居そのもの、演技にこそ(それが素晴しい場合)送るべきなのではと思う。

 

浅草歌舞伎ではマイクが使われている。浅草公会堂くらいの大きさの劇場でも、マイクが必要なのかどうか、誰かに教えてもらいたい点だ。

マイクで声を拾ってもらって演技をすることが、若い役者さんたちの演技の向上にとって、よいことなのかどうか。それも気になる。

白い薔薇

  • 2018.02.11 Sunday
  • 14:00

「劇団は今日もこむし・こむさ」その219

 

今となれば、あの当時、どうしてあんなにも年齢というものについて、神経質になっていたのだろうかと思う。当時、というのは、還暦および定年を迎えた頃のことだ。

よほど、自分が年をとり、老人になったような気持になっていた。

 

60を過ぎてから、新宿のゴールデン街にある、あるバーにボトルを置くことになった。

ある夜、そのバーのカウンターで、おそらく私は、いかにも、自分が年取った人間であるかのような発言をしたのだと思う。

すると、そのバーのママが、「何言ってんの。60を少し過ぎたくらいで。まだまだ若い若い」というような意味のことを言った。

 

ママにそんな風に言われたのがきっかけになって、還暦病というか、定年病というか、変な年寄り意識から、私は抜け出すことが出来た。

よくよく周囲を見渡せば、バーのママをはじめとして、元気な、人生の先輩たちがたくさん居られることに気がついたのだった。

 

バーに通いはじめた頃には、すでに劇団こむし・こむさの活動を再開させていた。

ママには、第1回公演の「右から三つ目のベンチ」から、第4回公演の「水の中の塔」まで、ずっと観てもらってきた。ご自身が観るだけではなく、バーのお客さんを何人も誘って、劇場に来てくださった。

ポスターを壁に貼り、チラシを置いてくださってもいた。

ママから応援されているという実感が、この数年間、常にあった。

 

ところが……。

2018年。今年に入ってすぐ。そのママが、動脈瘤破裂で急逝してしまった。

知らせを受けて、お通夜に伺った。無宗教の葬儀で、渡された白い薔薇の花を供えさせていただく数秒が、ママとのお別れとなった。

とても寂しい気持ちがした。

 

そんな寂しい気持ちがしたことを、バーに行って、ママに話したいと思っても、それが出来ない。

還る巣が無い。そんな喪失感が今も続いている。

 

「週刊新潮」(2018年2月1日)のページを繰っていたら、偶然、「新宿ゴールデン街 “名物ママ”を賑やかに送った通夜の客」という記事を目にした。ママの写真も載っていた。

 

記事は、

『享年、78……。

 中上健次、野坂昭如らが愛し、足しげく通った新宿ゴールデン街の文壇バー「花の木」の名物ママ、広田和子さんが1月11日、亡くなった。』

という書き出しで始まり、

『ひとつの歴史が終わった。』

という言葉で結ばれていた。

 

バー(ママは、サロンという呼び方をしていたが)の名前の「花の木」というのは、白い薔薇のことだったのだろうか。

「老婆」考ー小池真理子「死に水」

  • 2018.02.09 Friday
  • 15:15

「小説についての小説」その124

 

小池真理子の『玉虫と十一の掌篇小説』(新潮文庫)を読んだ。

 

作者は、「短いあとがきにかえて」で、

「登場人物に名前を与えず、すべて普通名詞のみで描写してみた。」

と書いている。

たしかに、登場人物たちはみな、「女」「男」「少年」「少女」……といった言葉で表されている。

 

十一篇の小説のうち、「死に水」という作品では、「老婆」と「男」が登場する。

 

「男」は26歳で、モデル事務所に所属しているが、名前も顔も売れていない。食べていけないので、ピザの配達のアルバイトをしていた。

ところが、バイクでピザの配達中、急に停まろうとしたタクシーにぶつかりそうになって、ガードレールに激突してしまい、入院する。

 

退院の日に、「老婆」が現われる。衝突しそうになったタクシーに客として乗っていたのが、その「老婆」だった。「老婆」は入院費と診療費を払ってくれた上に、自分の家で養生しろと「男」に言う。「老婆」の死に別れた夫が資産家だったので、「老婆」はビルをいくつも持っていた。……こうして、「老婆」の住む、広々としたマンションに「男」は同居するようになった。

 

けれど、一緒に暮らして一年、「男」は「老婆」との生活にうんざりし始める。

「このままおとなしく老婆と暮らしていれば、生活に困ることがないのはわかっている。第一、うまくいけば、老婆に気にいられ、信用されて、彼女の死後、遺産が転がりこんでくる可能性もあった。」

だが、

「今はまだ、老婆が元気でいるからいいものの、そのうち身体の自由がきかなくなり、介護をさせられるのは目に見えている。」

とも考える。

 

というわけで、まとまった額のお金を「老婆」から引き出して、「男」はマンションから逃げ出す計画を立てるのだが……。

あることから、けっして「男」に面と向かって表すことがなかった、「老婆」の「男」に対する(秘めた?)思いを、「男」が知ることとなり……。

小説は意外なところに着地する。

 

終わり近くのシーンがいい。

「大きな交差点の脇に、甘栗を売る露店があった。赤信号で立ち止まり、男はふと思いたって、甘栗をひと袋、買った。温かな、煎りたての甘栗だった。老婆の好物だった。」

甘栗の温かさが読むものに伝わってくる。その温かさは、この小説のあたたかさでもあるように感じた。

 

だから、「死に水」という小説を、私はいいなと思うのだが、ただ一点、「老婆」というのはどうなのだろうか、と思った。

「老婆」の年齢はいくつかというと、「七十六、七」と書かれている。

私が思うに、76歳や77歳の女性は、「老婆」と言うには早いように感じるのだが、どうだろうか。(若い方たちからすると、76〜77歳は、やはり「老婆」なのだろうか。)

『玉虫と十一の掌篇小説』は、平成18年に刊行されたそうだから、12年前になる。12年前に私が「逃げ水」を読んだとしたら、76〜77歳の女性=「老婆」であることに、違和感を感じたのか、感じなかったのか。今では、ちょっと分からない。

 

「逃げ水」の「老婆」の様子は、このように描写されている。

「月に一度、六本木の美容院に行ってショートカットにしてくる髪の毛は銀灰色で、年のわりにはふさふさしている。小肥りで小柄。洒落っ気は今も充分残っていて、毎日の化粧は怠らない。外出する時にはいつも、首に派手な色合いのスカーフを結んだり、イヤリングや指輪などのアクセサリーを派手につけたり、うっすらと色のついた、洗練されたデザインの眼鏡をかけたりする。」

「老婆」は、けっして、老婆然としていない。

 

人々が老けていく年齢がだんだんと遅くなってきている現代、「老婆」という言葉からイメージされる年齢も、次第に変化していくのだろう。

 

  • 2018.01.23 Tuesday
  • 13:47

十間橋の中程に立つと

建設中の電波塔は

川の中に建って見える

 

焼夷弾に焼かれ追われ

人々が沈んだ北十間川

今水底から人々が蘇り

組み上がり塔となり

天を目指す姿が見える

 

炎の時代があっての今

心の中で手を合わせ

近頃カメラを持つ人の

増えた橋を渡っていく

 

(2010年10月8日)

「気がつけば、こんな詩が」218

観客に無罪か有罪かを問う法廷劇「TERROR]

  • 2018.01.22 Monday
  • 23:20

「お芝居つまみ食い」その218

 

2018年1月16日〜28日

共同製作 株式会社パルコ 兵庫県立芸術文化センター

作 フェルディナント・フォン・シーラッハ、翻訳 酒寄進一、演出 森新太郎

「TERROR テロ」

紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA

 

開演時間が来ても、客席は暗くならない。すると舞台の下、観客席の前に、「裁判長」役の役者さんが現れて、「皆さんは、これから演じられる裁判の参審員です」と言う。(参審員というのは裁判員のようなものらしい)そして、芝居を見たあと、被告が無罪か有罪か投票して、票の多かった方を、裁判長が判決として下すと説明する。

 

私は嫌だなと思った。芝居の世界に引き込まれる「参加」はいいが、「参審員」とかにさせられて、無罪か有罪かを問われる、といった形での「参加」を強いられるのは苦手だからだ。

 

苦手であるのなら、そもそも「TERROR」を見に行かなければよかったのだが、事前にどんな芝居なのかを、よく把握しないでチケットを購入してしまったので、こういうことになってしまった。

 

観劇後、家に帰って「TERROR」のチラシの裏を見てみたら、ちゃんと、こう書いてあった。

「164人乗りの旅客機がハイジャックされた その行き先は7万人収容のサッカースタジアム/7万人を救うために旅客機を追撃した空軍少佐/衝撃の法廷劇にして知的エンターテイメント いよいよ日本初演!/有罪か無罪か評決を下すのは観客のあなたなのだ!」

 

だから、観客の一人となった私は、嫌でも評決を下さなければならないのだった。

しかし、評決を下すのは難しい。

なぜなら、与えられるのは、芝居の中で、弁護人や検察官や被告らが語るセリフだけだからだ。

裁判はドイツの憲法、法律にのっとって行われるが、ドイツの憲法や法律を(私は)知らない。

無罪か有罪か、二者択一を迫られるというのも、どこか乱暴な気もする。

 

従って、私は「参審員」として、芝居に「参加」しなかった。投票用紙を箱に入れなかった。

(棄権というのも、ある種の参加になってしまうのかもしれないが)

 

パンフレットを読むと、裁判長の役を演じた今井朋彦という役者さんが、こんなことを書いていた。

「決して長いとは言えない時間の中で有罪無罪の判断を下し、投票するというのは、お客様にとってもなかなかの負荷ではないかと思います。悩まれる方も多いでしょう。でも、皆さんが周囲の方とウンウン唸りながら話し合う、その混沌とした時間こそが今作にしか生み出すことができない、演劇的に豊かな時間ではないかと僕には思えます。」

 

私にとって、まさに「負荷」だったので、その点は異論が無いのだが、「その混沌とした時間こそ」が、「演劇的に豊かな時間ではないか」という記述には首を傾げた。

「演劇的に豊かな時間」というのであれば、観客に評決をさせるという「仕掛け」無しで、まずは舞台の上に、「演劇的に豊かな時間」を作り出してほしかったと思う。

 

検察官を演じた神野三鈴という役者さんは、パンフレットにこんな言葉を載せていた。

「それにしても、本来は非日常を楽しみにいらっしゃるお客様を傍観者にしない、むしろ普段は避けがちな問題に向き合わせようとする『TERROR』は、他に類を見ない作品ですよね。この臨場感は究極のエンターテインメント。これがクセになり、それ以上を望んだら、あとは出演するしかありません(笑)。」

 

出演する役者さんが、その作品を評価してもいいと思うが(その芝居作りに参加する以上、当然のことでしょうから)、そのあまり、観客について(きっと悪気はないのでしょうが)このように言ってしまうのは、どうなのだろうか。

 

「本来は非日常を楽しみにいらっしゃるお客様を傍観者にしない」

「普段は避けがちな問題に向き合わせようとする」

観客に評決をさせる「仕掛け」が無ければ、観客は傍観者になってしまうのだろうか?

そんなに観客は信用できない存在なのだろうか?

上でも書いたが、「演劇的に豊かな時間」を舞台に出現させ、舞台に引き込むことが出来たら、観客は傍観してはいられなくなるのではないか。それが演劇の力なのではないか。

 

 「非日常を楽しみにいらっしゃる」とか、問題を「普段は避けがち」とか、どのような観客像を描いているのだろうかと思う。

このような言い方は、何十年も前、新劇が盛んだった頃に、よく見かけたような気がする。

傍観者的な観客に、芝居を見せ、問題に向き合わせる、というような……。

 

しかし、きっと、神野三鈴さんは、演劇によって観客を啓蒙するといったような意味で、これらの言葉を使っているのではないだろう。何故なら、「この臨場感は究極のエンターテインメント」と言っているからだ。

無罪か有罪かを迫る「仕掛け」は、エンターテイメントなのだ。

そういえば、チラシの裏にも、「衝撃の法廷劇にして知的エンターテイメント」とあった。

 

けれど私は「TERROR」を楽しむことは出来なかった。

「TERROR」をエンターテイメントとして楽しめないほど、「テロ」の問題は今日的だからだ。

「拉致」と国

  • 2018.01.14 Sunday
  • 17:45

「劇団は今日もこむし・こむさ」その218

 

突然、自分が生きている国から、別の国に「拉致」される。想像しただけで、身の毛のよだつ思いがする。それが、想像ではなく、現実に自分の身に起こり、他国で生きることをよぎなくされている方がいる。

 

そのことを思うとき、国というものの役割を考えないではいられなくなる。「拉致」をしたのが国であるのなら、救い出すのも国だろうと思うからだ。しかし、小泉内閣のときに一部の拉致被害者を救出することが出来て以降、ほかの被害者の方を救い出せないでいる。ジリジリしながら、年月が経っていく。

 

今、朝鮮半島が揺れている。万一、朝鮮半島に何かが起きたとき、北朝鮮に拉致されている方たちの身は安全なのだろうか? と心配になる。北朝鮮に居る日本人の命を、国は守ることが出来るのだろうかと思う。

日本政府は、アメリカに協力を依頼しているようだが、何故、アメリカに協力を依頼するのだろう? 日本は、日本独自の力で、日本人を救い出すことが出来ないのだろうか。

 

日本の法律に従うと、「出来ない」らしい。

平成28年版の防衛白書を読むと、自衛隊法の改正によって、外国で緊急事態が起きたときに、自衛隊が在外邦人について、輸送、警護、救出などの「保護措置」が可能になったものの、3つの要件を満たすことが必要なのだそうだ。

 

 (欷鄙蔀屬鮃圓場所において、当該外国の権限ある当局が現に公共の安全と秩序の維持に当たっており、かつ、戦闘行為が行われることがないと認められること 

 

◆ー衛隊が当該保護措置(武器の使用を含む。)を行うことについて、当該外国等の同意があること

 

 予想される危険に対応して当該保護措置をできる限り円滑かつ安全に行うための部隊等と当該外国の権限ある当局との間の連携及び協力の確保が見込まれること

 

拉致された人々を救い出すのに、拉致した国の「権限ある当局」の同意や、連携や、協力が必要なのだ。そんなことが、果たして可能だろうか? 

 

それではどうするのか? と考えていたところ、島田洋一氏の文章を読んだ。

氏は、自衛隊が北朝鮮に入境するために、政府は次の3つのシナリオを考えているようだ、と書いている。(「正論」2018年2月号、「米国の怒りと習近平への“ハニートラップ”」) 

 

.▲瓮螢が北を占領し「暫定統治機構」を作って自衛隊の入境を認める、∨未眤膣斂厩颪琉貮瑤筏定する韓国政府が自衛隊の入境を認める、9駭△PKO部隊の派遣を決めその一部として自衛隊が入境する

 

なるほど、このようなシナリオを知ると、イメージが具体的になる。(ただし、島田洋一氏は、どのシナリオも「実現可能性は小さい」としているが)

可能性はわずかでも、いずれかの方法で「入境」したとした場合、自衛隊は入境後、すばやく拉致被害者の方のもとに到達しなければならない。素早く到達するためには、どこに、どのような状況で、拉致被害者が存在しているかという情報を、事前に知っていなければならない。入境してから探し出すのでは遅いのだ。

 

その点については、拉致被害者を「救う会」からいただいた冊子(29.11.15付)に、会長の西岡力氏が、こんなことを書いていた。

 

トランプ政権が軍事攻撃に踏み切ることもありうる。その場合は、拉致被害者の安全をどう守り、助け出すのかが重い課題となる。米韓軍に救出を依頼するにしても、自衛隊を送るにしても、まず、被害者がどこに何人いるのかについての正確な情報が必要だ。安倍政権はすでに一定の情報を確保して救出のために米国との緊密な協議を行っているようだが、まだやるべきことはある。

 

「一定の情報を確保して救出のために米国との緊密な協議を行っているようだ」という記述は、私にとっては新しいニュースであり、一縷の望みを抱きたくなる。

しかし、その一方で、ここでもやはり「米国との緊密な協議」かと、それが日本の現実であることを認めつつ、情けない思いも過ぎる。

 

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