「光より前に」それぞれの”走り”

  • 2018.12.10 Monday
  • 14:52

「お芝居つまみ食い」その255

 

2018年11月14日〜25日

企画・製作・主催 WATANABE ENTERTAINMENT ほか

作・演出 谷賢一

『光より前に〜夜明けの走者たち〜』

紀伊國屋ホール

 

『光より前に』は、マラソンの円谷幸吉選手と君原健二選手の生き方をテーマにした作品だ。

 

「父上様母上様 三日とろろ美味しうございました。干し柿 もちも美味しうございました。

敏雄兄姉上様 おすし美味しうございました。

勝美兄姉上様 ブドウ酒 リンゴ美味しうございました。

巌兄姉上様 しそめし 南ばんづけ美味しうございました

喜久造兄姉上様 ブドウ液 養命酒美味しうございました。又いつも洗濯ありがとうございました。

幸造兄姉上様 往復車に便乗さして戴き有難うございました。モンゴいか美味しうございました。

正男兄姉上様お気を煩わして大変申し訳ありませんでした。

幸雄君、秀雄君、幹雄君、敏子ちゃん、ひで子ちゃん、

良介君、敬久君、みよ子ちゃん、ゆき江ちゃん、

光江ちゃん、彰君、芳幸君、恵子ちゃん、

幸栄君、裕ちゃん、キーちゃん、正嗣君、

立派な人になってください。

父上様母上様 幸吉は、もうすっかり疲れ切ってしまって走れません。

何卒 お許し下さい。

気が休まる事なく御苦労、御心配をお掛け致し申し訳ありません。

幸吉は父母上様の側で暮しとうございました。」

 

円谷幸吉選手は、1964年の東京オリンピックで、銅メダルをとった。

つぎのメキシコシティオリンピックでもメダルをとるのではないかという期待を背負っていた円谷選手は、オリンピック目前の、1968年の1月、自殺をしてしまった。

そのとき、私はもうすぐ19歳になろうとしていた。だから、上の円谷幸吉選手の遺書も、おそらく、新聞で報道されたのを読んだに違いない。読んで、強い衝撃を受けたことが、記憶に残っている。今読んでも、胸に迫ってくるものがある。

 

『光より前に』の脚本を書き、演出をしたのは、谷賢一氏だ。

私は谷氏の演出作品は、マーク・セント・ジャーメインの『最後の精神分析』(2013年、日暮里d−倉庫)しか見ていない。

『光より前に』のパンフレットを読んで、谷賢一氏は1982年生まれと知った。ということは、谷賢一氏にとって、円谷幸吉選手は、生まれる前の人ということになる。

谷氏は、いったい円谷選手の何に惹かれて戯曲を書き、演出をしたのだろうか?

 

谷氏は、パンフレットに、円谷選手との「出会い」について、こう書いている。

「私が円谷幸吉の名前を知ったのは、ご多分に漏れず、あの有名な遺書を通じてでした。」

と。

やはり、円谷選手が書き遺した遺書が、最初の接点だったようだ。

 

「『美味しゅうございました』の連続で綴られるかの遺書はあまりにも純粋で、純粋なものだけが持っている美しさを持っており、美し過ぎるものだけが持っている恐ろしささえ湛(たた)えています。確か真夜中、書斎で読んで身の毛がよだち、何度も何度も読み返しました。この遺書を書いた男は、一体どんな人生を歩んだのだろう?」

 

けれど、谷氏は、円谷幸吉選手の人生を描くだけでは、演劇にならないと感じたようで、このように書いている。

 

「しかし私にとって円谷幸吉の人生だけでは、劇の題材にはなり得ませんでした。彼一人の人生ではただあまりにも悲し過ぎ、その純度が高過ぎて、途方に暮れてしまうのです。君原健二という様々な意味において円谷幸吉と対を成すライバルランナーの存在を知って初めて『これは劇の題材になる』と確信しました。」

 

こうして、谷賢一氏は、

円谷幸吉と、そのコーチである畠野洋夫

君原健二と、コーチの高橋進

『陸上競技マガジン』の記者である宝田修治

男性5人による芝居を紡ぎあげた。

この芝居で、谷氏が観客と共に考えたかったことは、「なぜ人は走るのだろう?」ということだそうだ。

 

もっと沢山の演者が出演してもおかしくない題材だが、谷氏は登場人物をしぼって、5人の男優のみで、円谷幸吉と君原健二、二人の人生を描いた。これが、このお芝居の大きな特徴だ。

円谷選手、君原選手、それぞれに愛する人がいた。それらの女性たちも登場させず、あくまでも5人の役者だけで表現していく。円谷選手の家族も出てこない。

 

印象に残ったシーンがあった。

東京オリンピックのあと、円谷選手は椎間板ヘルニアとアキレス腱の手術をした。手術をしたけれど、円谷選手は以前のように走ることが出来ない。病室のベッドの上で、円谷選手が苦悩している場面。

そこに、誰かが入ってきて、ベッドの向こうの側に腰を掛けた。円谷選手と同じ衣裳をつけている。

こちら側にいる円谷選手が躰を動かすと、向かい側にいるその人物は、鏡のように、正反対の動作をする。不気味で、恐ろしい感じが漂う。

どうやら、その人物は、「もう一人の円谷選手」なのだと分かってくる。

自分の先行きについて、あれかこれか、苦しみ、懊悩する円谷選手の心の内を表現する、演出。「上手いなあ」と感じた。

 

メキシコオリンピックのマラソンでは、君原選手が銀メダルをとった。

その瞬間の表現も良かった。

競技場に、君原選手が2位で入ってくる。

すると、すでに自死をしていて、この世に存在しないはずの円谷選手が、ランナーの姿で現れたのだった。そして、君原選手に、振り返って見るよう、声を掛ける。

円谷選手の声が聞こえたように感じた君原選手。

走るときは、決して後ろを振り返らないことにしている君原選手が、このときばかりは、後ろを振り返った。すると、そこに、3位のニュージーランドの選手がいて、君原選手に迫ってくる。

それを知って、君原選手はゴールまで懸命に走り抜き、ついに2位を守り抜くことが出来た。

 

君原選手は、のちに、「円谷君の『陰の声』が振り返らせたのかもしれない」と言ったそうだ。

その「陰の声」をナレーションするのではなく、そこに存在するはずのない円谷選手を登場させ、まるで同じレースに参加しているようにして走らせる。このシーンも、いかにも演劇的で、いいと思った。

 

お芝居は、ランナー姿の円谷選手が、遺書の全文を語って、終わっていく。

円谷幸吉選手の役を演じたのは、宮崎秋人という役者さんだった。

単に遺書を朗読するのではなく、円谷選手その人に成って、遺書の言葉を語るわけだが、その演技はとても立派に思えた。そこに純朴な円谷選手が居ると、錯覚させるような、実在感があった。

 

芝居のラストに、円谷選手の遺書の全文を持ってくる。

そのときに、その遺書を、観客がどのように聞き、受け止めるのか、そこに、この芝居の重要なポイントがあったのではないだろうか。その意味で、『光より前に』は成果を獲得したと思う。

 

谷賢一氏が円谷幸吉選手の遺書に出会ったのが、いつのことなのかは分からない。

ただ、谷賢一氏がプロデューサーに、このお芝居の企画を持ち込んだのは、2015年のことだったと、パンフレットに書いてあった。

それから3年経って、2018年11月、舞台化にこぎつけたということになる。

自分がこうと思う芝居を創り出すために、谷賢一氏が、それこそ長距離ランナーのように走り続けた結果が、今回の上演ということなのだろう。

そのことに思いを馳せると、私も(いや、私に限らないと思うが)走り続けていきたいものだと心を新たにしないではいられない。

イスラエルの作家の言葉

  • 2018.12.03 Monday
  • 19:02

「小説についての小説」その150

 

11月に彩の国さいたま芸術劇場で、さいたまネクストシアターの『第三世代』を見ていなければ、「新潮」2018年12月号に載っているエトガル・ケレットというイスラエルの作家の言葉に、私は興味を持たず、読むこともなく通り過ぎてしまったことだろう。

 

しかし芝居『第三世代』を見たことによって、イスラエル人、ドイツ人、パレスチナ人の関係・歴史・現状が、複雑かつ深刻なものだということを認識させられていた私は、その言葉を読まないではいられなかった。

 

エトガル・ケレットという人は、イスラエルの作家であり映画監督なのだそうだ。

その人と、日本の文学・出版・報道・映画関係者のミーティングがテル・アビブで開かれ、その記録が、「犬とエスキモー――エトガル・ケレット、日本からの視察団と語る」と題して、「新潮」に掲載されていた。(秋元孝文 構成・訳)

 

エトガル・ケレット氏は最初の方で、

「両親はホロコーストを生き延びた。父さんはナチスから逃れるために、穴の中に六一〇日間も隠れた。母さんは家族全員をホロコーストで亡くして、一家でただ一人生き残った。」

と語っている。

エトガル・ケレット氏は、『第三世代』の親の世代、つまり『第二世代』の人ということになる。

 

興味深かったのは、「パレスチナ問題についてはどう考えていますか?」という質問に対するケレット氏の答えだった。

「基本的にぼくは、二国共存案が唯一の解決法だと考えている。パレスチナ人とイスラエル人がそれぞれ自由に暮らし、選挙ができて、国のシンボルを持ち、自分たちの文化を築ける、そういう土地を持つこと。」

それが「大前提」だとケレット氏は言う。

 

しかし、「その解決に合意できるのかという議論が常に出てくる。反対する人が双方にいるからね。」

……それが現実であるらしい。

 

「合意の問題だけでなく、長年にわたる諍いや流血沙汰の歴史があるから、どちらの側も相手を信頼することがとても難しくなってしまっている。(略)その感情を乗り越えて、テーブルについて、相手も良い人生を送りたいと思っている同じ人間だと認識して、『オーケー、あんたを信用しよう』って言うのはとても難しい。そこを超えるためには相手を敵ではなくて人間だと思わなきゃ。」

 

『第三世代』である、ケレット氏の息子さんについても語られる。

「息子さんのレヴを兵役に就かせるかどうか、決断されましたか?」という質問に、ケレット氏は、

「それは、ぼくが決めることじゃない、と言うしかないな。決めるのはレヴ自身だよ。」

そのように言ったあと、こんなことを語っている。

 

「これは言っておきたいんだけど、イスラエルに軍隊は必要不可欠なんだ。必要か否か? って問える問題じゃない。軍隊がなくなればこの国は一週間ともたないよ。それが必要である限り、この国に住んでいて兵役に就かないのは、ある意味、税金を払わないようなものだと思う。もし兵役に就かないことで自分の道徳心を守りたいなら、『この国には住みたくない。もしそれがこの国に住む条件なら他の国に行く』って言うべきなんじゃないかな。」

 

兵役に就くか就かないかが、その国に住むか住まないかの判断に直接的つながっていく、そんな「国」に暮らすケレット氏およびイスラエルの人々。

そういう厳しい、究極の判断を迫られることもなく、安穏と暮らしてきて、今、ここに在る私。

その違いを鋭く突きつけられた気がした。

 

「パレスチナ問題」についても、「息子さんの兵役」についても、「D」というイニシャルの日本人が質問をしている。

「D」さんは、こんなこともケレット氏に訊いている。

「日本は最近急速に右傾化してナショナリスティックになりつつあります。そして近い将来には、いまはまだない徴兵制も導入されかねない状況です。あなたの短編『ヒエトカゲ』みたいに。このことに関してはどう思われますか?」

 

この質問に対してケレット氏は、きわめて理性的、冷静、大人の対応をしている。

「日本の国内事情について何かコメントするのは難しいよ。だってぼくの生活の現実は日本とは正反対にあるからね。」と。

 

そして、こう続ける。

「ぼくは戦争状態に囲まれた国で生きている。だから、軍隊のない国は想像するのさえ難しい。イスラエルにとって軍は必要不可欠なんだから。言ってみれば、そうだな、ぼくがエスキモーで、『クーラーについてどう思いますか?』って聞かれているようなもんだよ!」

 

さらには、

「日本が島国で、差し迫った脅威がなくって、隣で『お前のことを殺してやりたい!』っていう誰かがいない、そういう時代と場所に生きているきみたちはとてもラッキーだと思う。(略)そんな現実の中で暮らしてみたいけど、これほど極端に異なった現実に暮らしているからには、日本の国内的なことに関して意見を言うのは難しすぎるよ。」とも。

 

日本の国内事情についてコメントをするのは「難しい」と、何度もケレット氏は繰り返す。そんなところに、ケレット氏の作家として、また映画監督としての誠実さが現れているように感じた。

 

また、

「日本が島国で、差し迫った脅威がなくって、隣で『お前のことを殺してやりたい!』っていう誰かがいない、そういう時代と場所に生きているきみたちはとてもラッキーだと思う。」

という言葉は、一見平和な島国に暮らす私たちに対して、客観的な自己認識をうながす言葉なのかもしれないとも感じた。

島国という井戸の底からものを見るのではなく、世界的な視野が必要なのだと。

バーとスマートフォン

  • 2018.11.30 Friday
  • 12:30

「劇団は今日もこむし・こむさ」その249

 

新宿ゴールデン街の、40年以上続いたバーのママが急逝し、その店は閉じられた。

古い看板は下ろされて、同じ場所で若い人たちが新しい店を始めた。

その若い人たちとも縁があったので、新しい店にときどき顔を出している。

 

ママが亡くなったことで、消えてしまったバーは、「サロン」と自称していた通り、そこで交わされる会話というものが重要な位置を占めていた。

ママとお客との会話、お客同士の会話。いかに話し、いかに聞くか。酒の肴ではあるけれど、肴以上の美味がそこに在った。

 

ことに美味だったのは、ママが語る「話」で、何十年に亘って鍛えられた話術によって、どの話も、そのひとつひとつが興味深かった。

今思うと、安い酒代で、ずいぶん贅沢な「話」を、浴びるように聞いていたのだ。

ママの急逝による喪失感は、もちろんママという人の不在から来るものであるけれど、ママの発する言葉、言葉が積み上がって描き上げられる世界が、もう聞けない、もう見られないということからも来ているように感じる。

 

そのことに改めて気がついたのは、若い人たちが始めた新しい店で、店のスタッフに、スマートフォンの映像(写真やら動画やら)を見せてもらったときだった。

私は(携帯電話もだが)スマートフォンを持っていないので、その映像を見たことがなかった。(家のパソコンはインターネットに繋がっているので、パソコンでならば見ているが)

 

例えば、店内で、ある場所が話題になったり、ある歌手の、ある歌が話題になったりする。

そういうとき、その場所や、その歌を探し出して、スマホで見せてくれる。

それは、とても便利なことで、その場所がどういう所なのか、微細なところまで知ることができるし、歌声に直接触れて、味わい、感動さえ覚えることが出来る。

 

スマートフォンがそのように利用されることによって、ある人とある人とが共通の知識を持つことが出来るし、そのことによって、会話を広げていくことも可能になる。

店では、きっと、スマホの持つ便利な機能が、これからも有効にはたらいていくに違いない。

だから、スマートフォンの活用について、決して否定するつもりはない。

 

ただ、心配なことがある。

ある場所、ある歌……、それを目の当たりにし、直接耳にできることは素晴らしいことだけれども、ある場所・ある歌を「言葉」で伝えようとする能力や技術はどうなっていくのだろう?

相手になんとかして「それ」を伝えるために、言葉を選び、あれこれと工夫する「努力」が要らなくなったとしたら、会話の力や、話をする力は減退していってしまわないだろうか?

 

亡くなったママが持っていたような、一つのストーリーを、自分の言葉を駆使して語りつくし、人にじっくり聞かせる話術は、これからは磨かれることが少なくなってしまうのだろうか?

 

若い人による新しい店での「言葉」や「話」「語り」の位置は、亡くなったママの店でのそれと比べて、明らかに違ってきているように思える。

その違い・変化は、バーなどの店の中だけではなく、人と人がいて、スマートフォンがあるところでは、今、どこででも、普通に進行していることなのかもしれない。

 

「豊饒の海」の戯曲と舞台

  • 2018.11.26 Monday
  • 21:18

「お芝居つまみ食い」その254

 

2018年11月3日〜12月2日

企画製作 株式会社パルコ

原作 三島由紀夫

脚本 長田育恵、演出 マックス・ウェブスター

『豊饒の海』

紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA

 

この芝居を見るにあたっての最大の関心事は、「四部からなる長い小説を、どのように戯曲化するのだろうか」という点だった。

そのことについて、演出のマックス・ウェブスターがパンフレットにこう書いていた。

 

<まず、(長田)育恵さんとの脚本づくり。彼女がいいアイデアを出してくれました。それは、四部ある作品を一つずつ順に並べていくのではなく、第一部の「春の雪」を全体のベースにし、そこに第二部「奔馬」、第三部「暁の寺」、第四部「天人五衰」を組み込むという方法です。すべての物語が同時に起こっていくというこの構成によって、お客様にも、よりすべてに関われるという気持ちで観ていただけるのではないかと思います。>

 

明治から大正にかけた時代の、松枝清顕を中心にした物語。

昭和初期の、飯沼勲を中心にした物語。

戦中から昭和42年までの、ジン・ジャン(月光姫)を中心にした物語。

昭和45年から50年までの、安永透を中心にした物語。

 

松枝清顕と、その生まれ変わりであると思われる3人の人物、そして彼らが辿った軌跡を、錯綜させつつ描いていく。それが、劇作家・長田育恵氏が採用した手法だった。

考えてみれば、そういう手法がとれるのが、演劇の面白さなのだと、改めて気づかされた。生死も、時代も、空間も、隔てるものがない世界。

 

そしてもう一つ、長田氏が使ったのが、松枝清顕の友人、本多繁邦の存在だ。

本多繁邦は、松枝清彰の死後も生き続け、飯沼勲、ジン・ジャン、安永透と関わっていく。

松枝清顕も、ほかの3人も、皆若く美しい肉体を持っている。

しかし、本多繁邦だけは歳をとり、しまいには失禁しまうほどに、肉体的にも弱っていく。

この本多繁邦を、若い順に、大鶴佐助、首藤康之、笈田ヨシが演じていく。

松枝清顕と並んで、本多繁邦という人物の物語が、芝居の中に流れていく、そういう構造になっている。

 

『豊饒の海』をどのように戯曲化するのだろうか? という関心を持って出掛け、なるほど、このように再編成(?)したのかと、「勉強」になった。

 

では、演劇としての『豊饒の海』を、どう感じたかというと、いくつか気になることがあった。

一つは(また、今回も持ち出してしまいますが)マイクの使用問題だ。

紀伊國屋サザンシアターの座席数は468席だそうだ。大劇場とは言えない空間なのに、マイクが必要だろうか?

 

マイクのせいもあってか、セリフがさらさらと流れて行くような印象を受けた。

最もそう感じられたのは、松枝清顕を演じた東出昌大のセリフだった。たんたんとしていて、こちらに届いてこない。「気」が客席に向かって放たれてこない。

 

ふと、それは、外国人の演出家だからなのだろうか? と思った。

もしかしたら、マックス・ウェブスター氏は日本語に堪能で、流暢に話される人なのかもしれない。だとしたら、私の考えは言いがかりになるが、役者のセリフの一つ一つに、「演出家」の手が入っていないような気がした。

日本語の「音」としては合っていて、「意味」が伝わっていたとしても、セリフとしては不十分なことがある。それを、外国人の演出家の耳は聞き分けることができるのだろうか? ……そういう疑問を抱いた。

パンフレットには、日本人の演出助手の名前が載っていたが、外国人の演出の場合、演出助手との関係も課題になってくるのかもしれない。

 

人物の造形で気になったのは、若い俳優が演じた安永透と綾倉聡子だった。

安永透については、戯曲の構造上、(「奔馬」「暁の寺」の部分もそうだったが)「天人五衰」の部分も、どうしてもダイジェスト的になってしまっていた。だから、俳優のせいではないのかもしれないが、薄っぺらい人物に感じてしまった。

 

綾倉聡子については、芝居のラストの演技がどうしても理解できなかった。

小説『豊饒の海』のラストは有名だ。

本多繁顕が60年ぶりに、尼僧になった綾倉聡子に会うため、奈良の月秋寺を訪れる。

本多が松枝清顕の名前を出すと、聡子は、

「その松枝清顕さんという方は、どういうお人やした?」

と訊き返してくる。

かつて松枝清顕の子を堕胎した聡子なのに、聡子は松枝清顕という名前も聞いたことがないと言うのだ。

 

「しかしもし、清顕君がはじめからいなかったとすれば」

本多は叫ぶ。

「それなら、勲もいなかったことになる。ジン・ジャンもいなかったことになる。……その上、ひょっとしたら、この私ですらも……」

 

そんな本多に、聡子は一言、

「それも心心(こころごころ)ですさかい」

という言葉を返す。

この場面は、舞台でもほぼ忠実に再現されたあと、幕となるのだが、ここでの綾倉聡子の演じ方が実に若々しいのだった。

 

聡子は83歳。

しかし、小説にも、「六十年を一足飛びに、若さのさかりから老いの果てまで至って、聡子は浮世の辛酸が人に与えるようなものを、悉く免れていた。」とあるように、聡子は肉体的にも美しくあっていい。

けれど、若者の輝きと、老年の美しさは違う。

身の置き方も、しぐさも、立居振る舞いも、声の出し方も、抑揚も、言葉の間合いも、若者と同じではないはずだ。

なにか、きゃぴきゃぴしたような、重みのない俳優のセリフの言い方に、私は違和感を覚えた。

演出家の指示で、意識的に若さを強調して演じたのだろうか? それは定かではない。

 

『豊饒の海』の最後の3行。

「そのほかには何一つ音とてなく、寂寞を極めている。この庭には何もない。記憶もなければ何もないところへ、自分は来てしまったと本多は思った。

 庭は夏の日ざかりの日をあびてしんとしている。……」

 

この小説の世界の余韻は、残念ながら、舞台『豊饒の海』からは受け止めることが出来なかった。

高橋弘希の受賞第一作「アジサイ」

  • 2018.11.23 Friday
  • 15:54

「小説についての小説」その149

 

高橋弘希が、芥川賞受賞第一作として、『アジサイ』という小説を「新潮」2018年12月号に発表したので読んでみた。

妻が「しばらく実家に帰らせていただきます」という置き手紙を残して、家を出ていってしまった。一人残された、夫の視点から描かれた、17ページの短編だった。

 

夫=田村には、何故妻が実家に帰ってしまったのか、その理由が分からない。

夫にも分からないのだから、読者も分からない。

いつか分かるに違いないと思いつつ、読み進めていくことになる。

 

同じ会社に働く既婚の女性と、スペイン料理店で食事をした帰りに、手をつないで駅まで50メートルほど歩いたことなどを田村は思い出したりする。

その、手をつないで50メートル歩いているところを、妻が目撃してしまった?

だから妻は家を出た?

……などと、読者である私は想像をたくましくしてみるが、その想像が当たっているのかどうか、やっぱり分からない。

その女性とはそれだけのことだったらしい。

 

最後まで小説を読んでも、妻が実家に帰った理由は明らかにならない。

 

書き出しは、

「妻が家を出てから、庭にアジサイが咲いた。」だった。

 

小説のラスト近く、庭のアジサイは変化を見せている。

「薄い水色だった花は、今では殆どが赤紫に染まっている。陽差しの加減なのか、血のような紅色をした花の手鞠まである。」

そのアジサイを見て、田村は思う。

「もう夏だというのに、あのアジサイはいつまで咲いているつもりだろう――。」

 

田村は物置から両刃ノコギリを取り出し、アジサイの茎を数本束ね、ノコギリの刃を当てる。

「根元からこのアジサイを裁断して、すっきりしてしまえばいい。」

そう思って、「田村はノコギリの柄を、強く握り締めた。」

だが……。

 

小説の締めくくりの2センテンス。

「と、あの仄かに甘い匂いが、頭上から振り降りるようにして漂ってきた。彼はアジサイの影の中で、ノコギリを片手に、少しも動けないでいる自分を見つけるのだった。」

 

田村を動けなくさせた、アジサイの甘い匂い。

「あの仄かに甘い匂い」と、「あの」が付いているのは、「1」「2」「3」と3つの章で構成されている小説の、「1」の終わりの部分にこういう叙述があるからだ。

 

「彼は花蜜に吸い寄せられる紋白蝶の気分で、その花の手鞠に顔を近づけてみる。仄かに甘いような香りが鼻腔に広がり、ちょっとした眩暈を覚えて我に返る。」

妻が家を出てから、数日経ったあとのことだ。

 

では、どうして、その甘い匂いが、アジサイをノコギリで裁断しようとする彼の手を、止めさせたのだろうか?

「3」に入って間もない部分に、こんな風に田村がアジサイを観察するところがある。

 

「アジサイ色の花弁の中心部には、別の四枚の半透明の小さな花弁があり、雄蕊と雌蕊はそこからちょんと顔を出している。花の中で花が咲いているように見える。」

 

「もう夏だというのに、あのアジサイはいつまで咲いているつもりだろう――。」

「根元からこのアジサイを裁断して、すっきりしてしまえばいい。」

そう考えてノコギリを持ち出した彼に、裁断をさせずに終わらせたもの、それは、アジサイの花の中で咲いているように見えた「雄蕊」と「雌蕊」の存在だったのではないだろうかと、私は感じた。

 

田村は「すっきりしてしま」おうと思ったのだが、やはり妻との関係を「裁断」することが出来ない。

妻が家を出た理由も含めて、「すっきり」しない、もやもやとした状態は、これ以降もまだ続いていく……。

そんな風に、小説のラストを受け止めた。……こう考えてくると、この小説の筋は通っているように感じる。

 

妻が家を出た訳が知りたいと、読者に思わせ、読者を引っ張っておいて、別のところで話を「落とした」感じだろうか。

この芥川賞受賞第一作、どんな批評がされるのだろう? 興味深い。

 

 

芝居の同時性

  • 2018.11.20 Tuesday
  • 15:09

「お芝居つまみ食い」その253

 

前回のつづきです。

 

「テアトロ」2018年12月号を読んでいて、「なるほど」と思ったのは、浦崎浩實という方の「フリンジ系評判記」という文章だった。

 

浦崎氏は、3つの舞台について書かれていたが、その中の、Pカンパニーの『白い花を隠す』(2018年8・9月、作 石原燃、演出 小笠原響、シアターグリーンBOX in BOX)について触れた部分を読んで、「確かに」と感じた。

 

私は『白い花を隠す』の舞台を見ていない。

ただ、戯曲が「テアトロ」の2017年5月号に掲載されていたので、読んだ。

読んで、私なりに考えたことを「演劇って、こういうものなのだろうか?」と題して、このブログの「その201」に載せさせてもらった。

だから、浦崎氏の評判記に目が留まった次第。

 

浦崎氏は、上演された芝居の成果云々ではなく、戯曲そのものについて、鋭い指摘をされていた。

例えば、こうだ……

<芝居って(と大上段に振りかぶりますが)、今まさに目の前で起こっている同時性のものではと。>

 

どうして、このような指摘をするかというと……

<TVドキュメンタリーの独立プロダクション・スタッフと、作品のスポンサーともいえる買取先MHK(NHK)の(良心的)プロデューサーのたまり場であるカフェバー(?)が舞台。ご一同は、戦場の女性の性的被害問題という難しいテーマが、すんなりMHK首脳部の了解を得たものの、その後、内容が当初の意図が膨らみ、MHKは難色を示しだし、プロダクション・スタッフと対立。それが職場で同時間的に議論されるならともかく、カフェバーで蒸し返されると、酒場の(サラリーマンの)グチの応酬に聞こえません?>

 

さらに、浦崎氏はもう一点……

<カフェバー経営姉妹の因縁話、テーマ発展の全くの妨げかと。“劇”とは(と再び大上段ですが)、最初から本論に切り込んでくるのが望ましいと思うが、プロローグの20分の“タメ”、ひたすら流し!>

 

「芝居って、今まさに目の前で起こっている同時性のもの」

「“劇”とは、最初から本論に切り込んでくるのが望ましい」

 

演劇の演劇らしさを、浦崎氏のこれらの言葉から、改めて教えられた気がする。

戯曲を書く上で、銘記しておくべき、重要なポイントであると感じた。

 

「テアトロ」2018年12月号つまみ食い

  • 2018.11.19 Monday
  • 20:20

「お芝居つまみ食い」その252

 

週刊誌の売れ行き部数はあいかわらず下降線を描いているそうだが、雑誌を読むというのは、本を読むのとはまた別の楽しさがあるものだ。

演劇関係の雑誌としては、「シアターガイド」のほかに、「テアトロ」と「悲劇喜劇」を欠かさず読んでいる。(昔、「新劇」という雑誌もあったが、残念なことに今は発行されていない。)

 

「テアトロ」2018年12月号を読んでいて、何点か、「そうかな?」とか「そうだな」と、感じたことがあった。

雑誌だから、いろいろなものが1冊に詰まっているので、感じること、考えることも、多岐になる。

 

七字英輔という方が「劇評」を書かれていて、その中で、パラドックス定数の『蛇と天秤』(野木萌葱作・演出、シアター風姿花伝)も、取り上げられていた。

 

私も、『蛇と天秤』の感想を、このブログの「その247」で書かせていただいた。

「その247」と重複しますが、私はこんなことを書きました。

 

『蛇と天秤』の登場人物は6人。

3人は、白衣をはおった医師たち。

3人は、黒っぽいスーツを着た、製薬会社の人間。

結核の新薬を投与された人間が8人死亡した事案をめぐって、白のグループと、黒のグループが対立。のみならず、白の内部、黒の内部にも葛藤があることが見えてくる。

ピリピリした、複雑な関係がからみあい、芝居は緊張の中、進行していく。>

 

野木萌葱氏は、単純に、誰かを批判・糾弾し、結論付けて芝居を閉じることをしない。

『蛇と天秤』でも、白のグループ、黒のグループのいずれかを良しとし、他方を悪とするようなことはしない。

また、製薬会社と病院の持ちつ持たれつみたいな関係を、社会的な問題として訴え、観客に投げかけて終わらせることもしない。そのような終わり方をすれば、観客には分かりやすいのだろうが、野木萌葱氏の関心事は別のところにある(のに違いない)。>

 

七字英輔氏は、劇評の最後を、つぎのようにまとめていた。

 

<准教授の指導の許にある講師(アフリカン寺越)も治療のおかしさに疑問を持つ助手(菊川耕太郎)も、はては新薬製造の開発者(江刺家仲勇)やそのプロジェクトリーダー(宮崎吐夢)も、白熱の議論の末、結局は、准教授の言うままになって、医療機関の不正は正されないまま終わる。すべては利害と忖度で繋がっているからだ。日本の政治の縮図でもあろう。作者の冷徹な視点がうかがわれる公演であった。>

 

私が七字氏の評言で気になったのは、「日本の政治の縮図でもあろう。」という部分だ。

医療機関と製薬会社の間の問題、さらには、それぞれの組織内部の人間関係……、それが、どうして「日本の政治」云々になるのかが、私には分かりにくい。

おそらく、「すべては利害と忖度で繋がっている」という認識から、「日本の政治の縮図」という認識へと発展させて書かれたのだと想像する。

 

野木萌葱氏が書く戯曲には、七字氏のような受け止め方をも許容する幅の広さがあるとは思うものの、『蛇と天秤』への評言として、「日本の政治の縮図」云々というまとめ方はどんなものだろうか?

濃密な野木萌葱の世界を、「日本の政治の縮図」とするのは、少々、荒っぽい気がする。

野木作品には、そういった受け止め方だけでは掬い切れないものがあるように思っている。

 

 

「劇評」は何人もの方が書いていて、中本信幸氏も「時流に竿さす芝居にエールを!」と題する文章を書かれている。

この題名(見出し?)、この通りでいいのだろうか?

 

中本氏は「劇評」の中で、地人会の『金魚鉢のなかの少女』を取り上げて、こんな風に書いている。

<1962年秋、アメリカとソ連による核戦争勃発の危機やキューバ危機が世界を震撼させた。評者もその危機を体感した。

 では、今日ではそのような危機はないのか?最大の危機は核戦争、偶発的な核爆発の脅威ではなかろうか?>

 

……であるならば、時流に竿をさしてはいけないのではないか?

「時流に抗う芝居にエールを!」とでもするべきなのではないだろうか。

 

 

もう1点、「テアトロ」2018年12月号を読んで、感じたことがあった。

それについては、また次に書かせていただくことにします。

頑張って3曲聴いたライブ

  • 2018.11.18 Sunday
  • 14:32

「劇団は今日もこむし・こむさ」その248

 

最近は「学習」をして、芝居選びに失敗することが以前より少なくなった。

過去に、どんな芝居のチケットを買ってしまい、劇場に行ってみて、失敗したと感じたかというと、熱狂的なファンが押しかけるような芝居だ。

ファンはお目当ての俳優を見に来ているので、お芝居の内容や演技については、二の次のように見受けられる。

 

ファンと言えば、歌舞伎なども、お目当ての役者がいて(私などもそうだ)、見物に行く。けれど、歌舞伎のファンは、どちらかというと年齢層が高く、場をわきまえているので、観劇のさまたげになることはない。

(しかし、歌舞伎の世界でも、最近は役者がアイドル化しているので、そんな役者の芝居に、若い女性ファンが押しかける現象は、すでに起きているのかもしれない。)

 

だが、つい最近のこと、私はまたしても失敗してしまった。

芝居ではなく、ライブだったのだが……。

 

そのミュージシャンとは、1〜2か月前に、新宿ゴールデン街のバーのカウンターで隣り合わせになった。

そのバーにはギターが置かれていて、そのミュージシャンがギターを弾きながら歌をうたってくれた。2曲。

うまかった。

昔のフォークソングの味もあり、歌詞も、曲も良かった。

 

そのミュージシャンのライブがあるというので、チケットを買って、出掛けた。

大きなライブ会場。

ほとんどが女性だが、中には男性の姿もあったし、私と同じ年恰好の人も皆無では無かったので、少しほっとした。

座席も指定席だった。

 

やがて、開演時間になり、音楽が鳴り始めた。

すると、観客が少しずつ立ち始め、やがて全員(だと思う)が立った。

ミュージシャンが観客をあおるようにして乗せていく。観客にも声を出させ、「いいか、ついて来いよ!」的な言葉で引っ張る。観客も喜んで声を上げて反応し、手拍子をする。

 

小さなバーで聞いた、生の唄声とは違う、大音響のバンド演奏とボーカル。

1曲目から全員総立ちの盛り上がり。

しっとりとしたコンサートのようなものを想像していた私は、唖然・茫然。

椅子に座っているとステージが全く見えないので、2曲目あたりで私も立ち上がったものの、3曲目が終わったところで、ついに我慢が出来なくなって、会場を出てきてしまった。

 

そのミュージシャンには何の罪もなく、これは私の勘違い・早とちりのために起こったことで、また一つ「学習」させられた出来事だった。

 

バンドの演奏に、ボーカリストの歌に、千人以上は居るだろう観客が、一緒になってリズムをとり、体を動かし、手を振り、声を上げる。観客たちは皆、楽しそうだった。

その輪の中に入って、同じように出来たら楽しいのかもしれないが、私にはとうてい出来なかった。

 

帰り道、思い出したのは、昔、20代の頃、友人と一緒に西武球場に何回も足を運んだことだった。

今は全く野球に興味がないが、その頃は西武を応援していた。

応援するチームがあるのと無いのとでは、試合観戦の面白味・楽しさが全く違う。

贔屓のチームの選手がホームランなどを打とうものなら、心底、大喜びできるのだ。

 

ライブにまぎれ込み、観客たちの熱気を目の当たりにして、もう一つ、思い浮かんできたことがある。

それはテレビで報道された、ハロウィンの日の渋谷の若者たちの姿だった。

ライブの方は統制がとれていた。渋谷のハロウィンは無軌道に近い。その違いはあるけれど、若いパワーという点では共通しているように思える。

パワーの吹き出し口が求められている。そんな気がした。

 

バーでミュージシャンと再会したら、「頑張って3曲聴いたんだけどね……」と正直に話すつもりだ。

 

辛くなるほどに重い「遺産」

  • 2018.11.15 Thursday
  • 17:36

「お芝居つまみ食い」その251

 

2018年11月7日〜15日

劇団チョコレートケーキ 第30回公演

脚本 古川健、演出 日澤雄介

『遺産』

すみだパークスタジオ倉

 

劇団チョコレートケーキのお芝居を見るのは、これで何回目だろうと数えてみたら、3回目だった。2017年の5月に『60‘s エレジー』、12月に『あの記憶の記録』を見ていた。

 

劇団チョコレートケーキ以外で、古川健の作品が上演されたのを見たのは、『祖国は我らのために』(2017年5月、マコンドープロデュース)と『斜光』(2017年12月、水戸芸術館ACM劇場プロデュース)の2つだ。

 

もちろん私が見ていない古川健の戯曲の上演は、このほかにも多数あるので、古川健が現代演劇の世界で、コンスタントに上質の作品を発表し続けているということが理解できる。

私など、どう転んでも書けそうにない作品を、ずっと氏が書き続けていると考えると、自分に対して絶望感を覚えてしまう。

 

『遺産』もまた、強烈な作品だった。

パラドックス定数の野木萌葱氏も『731』を書いているが、『遺産』も旧日本軍の731部隊を扱っている。

ただ、野木萌葱氏の『731』は、戦後の日本が舞台なのに対して、『遺産』は1990年の現代と、1945年の過去の両方が舞台になっている。

 

1945年の敗戦間近、満州ハルビン郊外の施設。

中国人の女性がマルタ(丸太? 人体実験の被験者のことをそう呼んだらしい。もとより人間扱いではないのだ)として監獄に収容され、梅毒の研究の犠牲になる。

すでに梅毒に罹っているマルタの男性に、彼女を犯させ、梅毒をうつし、実験をするのだ。

あくまでも演劇として表現されていくのだが、それが(おそらく)事実だと思うと、演劇として見るのも辛くなってきた。

 

戦争に敗け、医師たちがハルビン郊外の施設から日本に逃れた後、陸軍の傭人や少年隊員たちが、残されたマルタたちを処分し、死体を穴に並べ、火をつけて燃やす場面があった。

その場面も、あくまでも演劇として、照明や音響を使って表わされるのだが、そのときもまた、私には辛く感じられた。

 

普段、小劇場などで、安易な笑いをとろうとするお芝居を見て、「軟弱」と思ったりすることがある。だから古川作品のような「硬派」(?)な芝居を良しとしているくせに、『遺産』では、「もうそれ以上はいいから」と思わず逃げ出したくなる瞬間があった。

 

お芝居は、1945年と1990年を行き来して、やがて題名の『遺産』の意味するものが分かってくる。

満州で人体実験をおこなった医師が、密かに日本に持ち帰ってきていたものがあった。それは、人体実験の事実を詳細に記録した資料だった。医師の死後、その資料の存在が明らかになる。

資料を焼却して、闇に葬ってしまうのか? 

それとも、忘れてはならない『遺産』として、現在に、そして未来に引き継いでいくのか?

重いテーマが提起される。

 

人体実験をおこなった医師の内面がラストに語られる。

恐ろしいのは、人体を使って実験・研究することに、医師として、おさえがたい悦びがあったことまでもが吐露されたことだ。

悪魔的な喜びは、ひょっとして誰にもあるのではないか? そんな怖さを感じた。

 

人体実験に使われ、亡くなっていった、中国人の女性を演じた李丹という女優さんの演技・しぐさ・舞踊が光っていた。

 

 

「昭和元禄落語心中」−岡田将生の落語

  • 2018.11.13 Tuesday
  • 22:07

「劇団は今日もこむし・こむさ」その247

 

雲田はるこの漫画『昭和元禄落語心中』全10巻(講談社)を、2018年11月6日に読み終わった。

 

子供の頃から、あまり漫画を読まないで今日まで来てしまったので、漫画の良し悪しは分からないのだが、10巻まで楽しみながら読めた。

落語の世界の話なので、着物などの「和」の感じがいいし、

「お前(まい)さん、帰(けえ)るトコロがないのかえ?」

といった言葉遣いが何よりたまらない。

 

漫画『昭和元禄落語心中』を原作にした、NHKテレビのドラマの方は、11月9日に、第5回目の放送が終わった。(脚本 羽原大介、演出 タナダユキほか)

第5回目の内容は、漫画の方の第4巻目に当たる部分だ。

漫画についている「あらすじ」を引用すると……。(カッコ内は野村が付け加えたものです。)

 

<ほどなくして、師匠(七代目有楽亭八雲)は菊比古(後年の八代目有楽亭八雲)にひた隠してきた助六との過去の因縁を打ち明け、息を引き取った。

独りになった菊比古は、八雲を継がせるために助六を訪ねる。

しかし、久しぶりに会った助六は、落語を捨てたと一点張り。

菊比古は、助六を東京に連れて帰るために、助六とみよ吉の娘・小夏と協力し、お座敷で寄席を開いて資金を稼ぐのだった。

やがて実現した温泉旅館での有楽亭二人会。

その噂は、助六のもとを出ていったみよ吉の耳にも届き……!?

 

漫画の方は、第5巻目の前半で、温泉旅館で発生した思いがけない事件のあと、後半以降ずっと第10巻まで、第1巻に登場した、八代目八雲(岡田将生の役)に弟子入りした与太郎(竜星涼の役)の話になっていく。

テレビドラマでは、おそらく岡田将生演ずる八代目八雲を中心に、これからもストーリーが展開していくのではないかと推測するが、まだ分からない。

与太郎が落語家として力をつけ、人気者になっていく過程を、竜星涼という役者にたっぷり演じさせるのか、それとも、それはさせないのか?

ドラマは、全10話だそうだから、残り5話の話の運び方が気になる。

 

興味深く見ているドラマだけれども、一つだけ残念なことがある。

それは、落語家の話なので、俳優が落語を演じるシーンが当然出てくる。

落語を初めから終りまで語る訳ではなく、部分部分をつなげて、それらしく(落語らしく)編集し、演出して見せているのだが、映像というのは恐ろしい。たとえ、ほんの短いシーンであっても、「これは落語の語り口ではない」と感じさせることがあるのだ。

 

岡田将生は決して下手な役者だとは思わない。きっと、落語の稽古も沢山したのだと思う。しかし、「本物」になっていないように見える。

ドラマの何回目だったか、落語家の柳家喬太郎が、零落した落語家役で出演したことがある。その木村屋彦兵衛という落語家が、岡田将生演じる落語家に、「死神」の稽古をつける場面があった。

 

柳家喬太郎が語った「死神」はいかにも「本物」で、その映像が頭にこびりついているので、岡田将生が後に語った「死神」の不十分さが、逆に際立つことになってしまった。

 

ドラマの放送は、あと5回ある。その間に、岡田将生も落語の腕を上げ、いいものを見せてくれるかもしれない。

芸事は短時間で習得できるものではないので、それをやらなければならない俳優というのは、考えてみると大変な職業だ。……その大変さも苦労も、楽しいのかもしれないが。

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