二人芝居を「日替わりで」の言葉に驚く

  • 2020.02.16 Sunday
  • 20:53

「お芝居つまみ食い」その291

 

「テアトロ」の巻頭には、毎月、「今月選んだベストスリー」という劇評が掲載されている。

2020年3月号は渡辺保氏が書いていて、ベストスリーの1番目に挙げられていたのは、つぎの芝居だった。(私は、この芝居を見なかった。)

 

2019年12月13日〜21日

SCOT

作 三島由紀夫、演出 鈴木忠志

『サド侯爵夫人(第二幕)』

吉祥寺シアター

 

批評の中で、渡辺氏が特に取り上げていたのは、3人の女優(斎藤真紀、内藤千恵子、佐藤ジョンソンあき)の演技だった。

 

「ご承知の通り三島由紀夫の戯曲には三つの階層の言語がある。」と、渡辺氏は書いている。

「三つの階層の言語」とは何かというと、「ごく日常的な対話の言語、物語を再現する語りの言語、そして観念を表現する言語」であるという。

 

そして渡辺氏は、

「この三つの言語が生きて舞台に働くためには、その言語が身体化されなければならない。まず自分を無にして言葉とその言葉の標す状況に生きること。それを行って三人の女優はほとんど完璧であった。」

と評価している。

 

そのあと、渡辺氏によって綴られた次の文章が、私にはとても重要に思われた。

 

「およそ演劇の基本は、作者の書いた言葉を俳優がおのれの言葉として生きるところにある。その条件は三島由紀夫の戯曲に限らずあらゆる作品の基本条件である。にもかかわらず今日の劇場では、それが古典劇であれ現代劇であれ実行されることが少ない。多くの俳優たちは暗記した言葉を口先だけでしゃべって作者の意図を伝えたと思っている。それでは言葉の表層的な意味しか伝わらず、俳優は単なる作者のメッセンジャーに過ぎず、観客は劇場で戯曲を読むに等しい。そうではなくて、舞台では言葉は俳優の身体によって生き、そうなってはじめて作者の深層が現れなければならない。吉祥寺シアターの「サド侯爵」には、そういう言葉が舞台の上に光彩を放った。これが芝居というものであろう。」

 

 

一方、「悲劇喜劇」の巻末には、毎回「演劇時評」が掲載されている。

2020年3月号では、小玉祥子氏(毎日新聞記者)と、伊達なつめ氏(演劇ジャーナリスト)が10作品についての劇評をしている。そのうち私が見に出かけた芝居は2作品あったが、1作品は途中で劇場を出てきてしまったので、全部を見たのは次の1作品だけだった。

 

2019年12月7日〜23日

作 ラジヴ・ジョセフ、翻訳 小田島創志、演出 小川絵梨子

『タージマハルの衛兵』

新国立劇場小劇場

 

この芝居については、「成河を狂わせよ」と題して、このブログ(その286)に書かせていただいた。

『タージマハルの衛兵』は、成河と亀田佳明による二人芝居なのだが、配役を逆にした方が良かったのではないかと私は思った。狂気を孕んだ役者・成河にこそ、時代や体制の枠を飛び越えて自由な発想をする、バーブルという役を演じさせるべきだった。……そうすることによって、『タージマハルの衛兵』を今、この時、上演する積極的な意味が生まれる、というのが私の考えだった。

 

伊達なつめ氏は、対談形式の批評の中で、こんな風に言っている。

「はじめは配役をどちらにするか決めなかったとのことですが、どちらかというとイメージとしては逆ですよね。成河さんの方が自由でアーティスティックなバーブルっぽい。亀田さんはどちらもできそうですが、対比でいうと保守的なフマーユーンが合いそう。」

 

……と、ここまでは私も異論は無かった。だが、このあとの言葉に、私は驚いたのだった。伊達氏はこう続けた。

 

「あえて逆の配役にしてひねりを利かせているのもおもしろいところですが、ぜひ日替わりでやってほしかったですね。どっちのバージョンも観てみたい。」

 

「あえて逆の配役にしてひねりを利かせ」たというのは、演出の小川絵梨子氏の考えだった。(公演のパンフレットで、小川氏が語っている。)

私が驚いたのは、そのあとの、「ぜひ日替わりでやってほしかったですね。」という言葉だった。

 

「どっちのバージョンも観てみたい。」という言葉は理解できないわけではない。しかし、ひとつの公演の中で、そんなことが可能だと思って、伊達なつめ氏は言っているのだろうか? むしろ私は、氏にうかがってみたい。

 

性格・設定の異なる2つの役。その2つの役を交互に演じる。ほんの少し登場するのではない。たった2人だけが出演する芝居、……ほぼ出ずっぱりの役なのだ。そんな役を1日ごとに交替して演じられるものだろうか?

役者の身になって考えてみると、それは、とうてい出来ない相談のように思える。

 

ひとつの公演が終わったあとに、また稽古をし直して、役を交替して演じる、……というのであれば、出来るかもしれない。しかし、同じ公演の中での日替わりというのは、難しいのではないか?

それとも、演劇ジャーナリストの伊達氏は、現実化する目途があると考えて、発言しているのだろうか?

 

歌舞伎などで、重要な役を、人気のある役者が日替わりで演じたり、……といったことはあり得るだろうし、実際にやられているかもしれない。

しかし、現代演劇の創造において、二人芝居の2つの役を、日替わりで上演するという公演に、どれほどの価値があるのかと思う。良い舞台成果が期待できるものだろうか?

 

 

そこで、振り返らなければならないと思うのが、「テアトロ」の渡辺保氏の言葉だ。

氏は、「およそ演劇の基本は、作者の書いたことばを俳優がおのれの言葉として生きるところにある。」と言う。

俳優は稽古を重ね、舞台に立つ。しかし、どんなに稽古をしたとしても、渡辺氏の言うように、作者の書いた言語を、おのれの言語として身体化できるとは限らない。けれど、志のある俳優であるならば、渡辺氏の言葉に背中を押され、また稽古に向かうだろう。

 

もし、演劇が、俳優によって暗記された言葉が、口先だけでしゃべられるものであればいいのなら、1時間半強の二人芝居の、2つの役を日替わりで演じることも、もしかしたら可能なのかもしれない。しかし、それは、渡辺氏の言う「これが芝居というもの」に成り得るだろうか?

 

1つの芝居の、1つの役を生きることにも、汲々として取り組んでいる俳優に、まるで定食かお弁当のように「日替わり」を望む発言は、演劇のファンならまだしも、演劇ジャーナリストの発言とは思えない。

 

「/」の意味ー「ねじまき鳥クロニクル」

  • 2020.02.14 Friday
  • 19:32

「お芝居つまみ食い」その290

 

2020年2月11日〜3月1日

主催 ホリプロ、TOKYO FM

原作 村上春樹、演出・振付・美術 インバル・ピント、脚本・演出 アミール・クリガ―、上演台本・演出協力 藤田貴大

『ねじまきクロニクル』

東京芸術劇場プレイハウス

 

村上春樹の作品はほんの少ししか読んでいない。『ねじまきクロニクル』も読んでいない。

それなのに、この公演を見たいと思ったのは、出演者のトップに、成河の名前が掲げられていたからだ。どんな演技を見せてくれるだろうか? その期待からだった。

 

劇場に入り、パンフレットを買って、座席に着き、他に、どんな出演者が出ているのだろうと確認をした。すると、「岡田トオル」という役名の下に、「成河/渡辺大知」とあった。

「/」? 私は「あれっ」? と思った。この「/」の意味は何なのか? まさか、ダブルキャストだったのか? だとしたら、私は「成河が出演する回を申し込んだのだろうか?」

 

あわてて、パンフレットのほかの部分を読んでみたら、ダブルキャストではないことが分かった。「岡田トオル」という人物を、成河と渡辺大知が、2人で演じる趣向だと分かった。

 

渡辺大知というミュージシャン・俳優については、2019年、テレビ朝日のドラマ『べしゃり暮らし』に出演しているのを見て、若いのに、達者な人だと感心した。独特な存在感があった。……だから、成河と渡辺大知が組んで、どのような芝居を見せるのか? 興味深かった。

 

……だが、『ねじまきクロニクル』を見終わって、一人の人物を、二人の俳優で演じる“意味”のようなものは、読み取ることが出来なかった。

観劇後、チラシをよく読むと、

「Wキャストではなく、2人で岡田トオルという主人公の多面性を表現していく演出」

と印刷されていた。

私の見方が浅いのかもしれないが、成河と渡辺大知の演技から、「岡田トオル」の多面性は見えてこなかったように思う。

 

そうであれば、いっそダブルキャストで、成河は成河、渡辺大知は渡辺大知で、「岡田トオル」を演じたほうが良かったように思う。そのほうが、それぞれの個性がもっと強く発揮され、芝居の魅力が増したのではないか。

 

 

『ねじまき鳥クロニクル』は「セリフ」だけの芝居ではなかった。「踊り」や「歌」、「音楽」、独創的な「舞台美術」……それぞれが重要な要素となり、組み合わさって、一つの作品となっていた。

中でも、演出者であるインバル・ピントの「振付」は個性的で、人間の肉体を使って、こんな表現が出来るのかと、新しい発見をすることが出来た。

 

インバル・ピントの「振付」に応える役者として、大貫勇輔もキャスティングされていた。

大事な「踊り」のパートを担当して、部分的な添え物としてではなく、圧倒的な表現者として各場面を創り上げていたのは、8人のダンサーたちだった。

大宮大奨、加賀谷一肇、川合ロン、笹本龍史、東海林靖志、鈴木美奈子、西山友貴、皆川まゆむ。……こうして、その名前を書かせていただいて、記憶にとどめておきたい。

 

 

インバル・ピントは「美術」も担当していて、パンフレットには、彼女の「衣裳」のスケッチのほかに、「舞台」のイメージをモノトーンで描いたスケッチが、3か所、全部で9つ掲載されていた。

 

そのスケッチのいくつかに、大きな「壁」と、たくさんの「ドア」が描かれていたが、実際の舞台の後半になると、「壁」や「ドア」が多用されていくようになり、やがて、パンフレットに掲載されているスケッチとは違う、「壁」や「ドア」を使った、別の装置が現われてきた。しかも、天井までの巨大な壁が、まるで生きているように左右に動いたり、狭まったり、広がったりするのだった。

……その、滑るような大道具の動きを、いつか、どこかで見たような気がした。そうして、「ああ」と思いついたのが、『CITY』だった。

 

2019年5月、彩の国さいたま芸術劇場で見た、『CITY』の大道具の動きに似ていたのだった。

『CITY』の作・演出をしたのが藤田貴大で、彼はこの『ねじまき鳥クロニクル』では「上演台本・演出協力」を担当していた。

 

「彼らもまた、わが息子」についての疑問

  • 2020.02.12 Wednesday
  • 16:55

「お芝居つまみ食い」その289

 

2020年2月7日〜15日

俳優座劇場プロデュースNo.109

作 アーサー・ミラー、翻訳 水谷八也、演出 桐山知也

『彼らもまた、わが息子』(All My Sons)

俳優座劇場

 

この芝居を見たいと思った訳は2つあった。

1つは、2011年の12月、新国立劇場小劇場で『みんな我が子』(翻訳 伊藤美代子、演出 ダニエル・カトナー)を見ていたこと。題名を含め翻訳は違うが、同じ戯曲がどのように上演されるのか、関心があった。

2つ目は、堅山隼太(たてやま はやた)が出演していたからだった。

 

堅山隼太は「さいたまネクストシアター」の役者さんで、その名前を認識しだしたのは、2018年の6月、彩の国さいたま芸術劇場で『ジハード』を見たときだった。

その後、2019年2月『ヘンリー五世』(さいたま芸術劇場)、同5月『ハムレット』(シアターコクーン)にも出演したので、私も見に出かけたのだが、この2作品については、ともに演出に疑問があって、堅山隼太の演技を見届けることなく、途中で退出してきてしまった。

しかし、同7月の『紫のライラック』(さいたま芸術劇場)での演技に注目させられ、このブログにも書かずにはいられなかった。(「その279」)

 

劇場に入ると、舞台の前面に、四角い大きな額縁のようなものが据え付けられ、白い光を発していた。それが何を意味するのか、その時点では、分からなかった。

開演時間が来て、下手から俳優たちが一斉に登場してくると、その額縁の手前の張り出した部分に整列して、礼をした。まるで、上演後のカーテンコールのようだった。お客さんたちは拍手をしたけれど、私はしなかった。

 

礼をしたあと、俳優たちは息をそろえて額縁を乗り越え、舞台装置の中に入っていった。ただ、2人の俳優だけが額縁の手前に残り、戯曲の冒頭のト書きを読み始めた。そうして、読みながら額縁を乗り越えて、自分の本来の役の演技へと入っていった。

この「額縁」の存在は、装置担当者(美術 伊藤雅子)の美的な趣味ではもちろん無くて、演出の意図・意向を具現化したものであるだろうと、徐々に分かってきた。

 

お芝居が始まってすぐに、もう一つ、演出家が今回の芝居でやりたいらしいことが見えてきた。

舞台の上には、普通、出番の役者だけが居るものだが、『彼らもまた、わが息子』では、(メインの人物は別にして)物語の周辺の人物たちを舞台の袖に退場させず、上手と下手に置いた椅子に座らせ続ける……、という手法(?)をとっていた。

 

「額縁」「退場しない、脇役たち」

問題は、その演出の意図が、どれほどに観客に伝わっていたのかということになる。

 

 

観劇後、六本木から日比谷線に乗って秋葉原に向かいながら、配布されていたパンフレットを読んだ。

演出の桐山知也氏は、パンフレットに文章を書くのが好きではないらしく、芝居について、解説風なことは書いていない。

その代わり、翻訳の水谷八也氏(早稲田大学教授)は、いかにも大学の先生らしく、「解説」をしてくださっている。

 

水谷氏の文章の題は「過去と庭と物語」。

All My Sons』は、ケラー家の庭が舞台になっている。

戦時中、戦闘機の部品を製造することによって、父親のジョー・ケラーは財を成した。

その父親にとって、彼の家の「庭」とは、どういうものであるか、水谷氏はこう書いている。

「ジョー・ケラーにとって何より大切なのは、家族や息子であり、『世界はこの家とこの庭で、全てがこの敷地の中にあった。』」

 

過去、父親=ジョー・ケラーは、欠陥があると知りながら、空軍に部品を納品したことがある。その不良品は返品されることなく、戦闘機に装着され、そのために21機の戦闘機が墜落し、操縦士たちは死亡した。

空軍のパイロットだった次男のラリー・ケラーは、その事実を苦にして自殺をした。

そのことを知らず、弟ラリーの恋人と結婚しようと考えていた長男のクリス・ケラーは、やがて弟の死の真相を知ることとなる。

 

長男クリス・ケラーにとって、ケラー家の「庭」はどのようなものに変容していったか、水谷氏はこう書いている。

「その最後の最後で、クリスは庭の外の世界に言及する。『この庭の外には大きな世界が広がってて、いろんな人がいて、その世界にはここにいる自分にも責任があるんだ。』」

 

そうして、水谷氏はパンフレットの文章の最後を、つぎのように結ぶ。

「私たちも遊び慣れた『虚構の庭』からそろそろ抜け出し、個人と社会の新たな関係性を模索せよ、ミラーは私たちにそう語りかけているように思う。」

 

……桐山知也氏の演出は、この水谷八也氏の考えと呼応している。

舞台の前面に大きな白い額縁をしつらえたのは、額縁の向こう側の空間が、まさに水谷氏の言う「虚構の庭」であることを、視覚的に表現しようとしたのだろう。

その庭は小市民的(この言葉はもう死語だろうか?)な世界であり、そこに安住することなく、その額縁から外に出ていかなければならない、……ということを言いたいのではないだろうか? そうして、「個人と社会の新たな関係性を模索せよ」と。

 

退場させられることなく、常に舞台上に置かれ、ケラー家の庭を見つめ続けていた周辺の人物たちは、舞台の最後、クリス・ケラーが父親を激しく追及するときに、一人、また一人と、クリス・ケラーの言葉を後押しするように椅子から立ち上がる。

それもまた、その庭を取り囲む社会及び、他者の「目」「批判」を表しているのかもしれない。

 

ただ、私には、「額縁」という演出も、「退場しない、脇役たち」という演出も、「理」に走りすぎているように感じた。

芝居というのは、肉体的なものではないだろうか。

これこれこうだから、こうでしょう……、と辻褄が合っていたとしても、また、それが正しい主張であったとしても、心の内側に響いたり、思いがけない裏側に届いたりしなければ、演劇というものの感動は生まれないと思う。

 

俳優座劇場の舞台には、プロセニアム・アーチがある。

最近はプロセニアム・アーチと言われる、額縁の無い劇場も多い。(劇団こむし・こむさが作品を上演してきたd−倉庫やシアターXには、プロセニアム・アーチが無い。)

『彼らもまた、わが息子』は、そのプロセニアム・アーチの中に、さらに額縁を組み立て、その奥を「虚構の庭」と見立てていた。

プロセニアム・アーチ、額縁はすでにあるのだ。あらためて額縁をこしらえて見せなくても、俳優座劇場の舞台上が、「虚構の庭」として観客の目に、心に、映ってくる、……そんな芝居にならなければいけなかったのではないだろうか。

「説明」ではなく、観客の心に、躰に感じさせることが、必要だったのではないだろうか。

 

 

さて、竪山隼太。

私はてっきり、竪山隼太は、芝居の途中から登場するジョージ・ディーヴァー(自殺したラリーの恋人・アンの兄)を演じると思っていた。2011年の新国立小劇場の『みんな我が子』では、ジョージ・ディーヴァーを柄本佑が好演していた。そのイメージが強かったのかもしれない。堅山隼太の、役者としての柄に合っているように思えた。

けれど、竪山隼太は、ジョージ・ディーヴァーよりももっと大きな役、クリス・ケラーに抜擢されていた。

 

今回の『彼らもまた、わが息子』を見て、出演者の演技全体について、感じたことがあった。

それは、かつて見た「翻訳劇」のような匂いが感じられたことだった。まさに翻訳された戯曲なのだから、翻訳劇には違いないのだが、この頃は日本人が外国人を演じても、違和感を覚えることが少なくなってきている。ところが、今回の『彼らもまた、わが息子』は、どこか、歯が浮くような感じがしたのだった。セリフが表面的で、さらさらと上滑りしていく感覚があった。登場人物たちが抱えている感情や感覚が、役者にも、観客にも「実感」されないまま、セリフが流れていくように思えた。

台本のセリフが、日本語としてこなれていない部分があったのではないだろうか。英語でならそういう言い方をするだろうけど、日本語ではそんな風に言わないんじゃないか? そんなセリフが多かったように感じた。変にきどったところがあって、共感しようとしても、壁があるようで、共感できなかった。

 

そんな、昔、新劇の芝居でよく見たような、「翻訳劇」調の芝居の中で、竪山隼太はさわやかで、人を信じやすい若者を必死に演じていたように見えた。

だが、芝居が終わり、白い額縁を乗り越えて、出演者たちが前に出てきたとき、私は音のしない拍手しか出来なかった。

観客の拍手からも、熱は感じられなかった。カーテンコールは2度で終わった。

 

その2度のカーテンコールで、私は珍しいものを見た。

カーテンコールのとき、たいていの役者たちは、それまで没頭していた役の世界から脱皮して、素の自分に戻るものだ。だが、堅山隼太はそうではなかった。

役の感情から、まだ脱け出すことが出来ないでいたのだろうか? 非常に険しい顔をしていた。目が血走り、怒り、こわばった表情を崩さないでいた。。

もし彼が、自分の演技、あるいは芝居全体に不満を覚えて、あのような表情をしていたのだとしたら?……むしろ、そうあってほしいと私は感じた。

 

 

最後に……。

『All My Sons』……、今回は『彼らもまた、わが息子』と訳されて上演された。

だが、これまでと同じく『みんな我が子』という題名で上演してもよかったのではないかと私は考えた。

『みんな我が子』という題であっても、その芝居を見た観客たちが、ああ「彼らもまた、わが息子」たちなのだ、と感じさせればいいことなのではないだろうか?

題名を散文風に訳しなおすことに、どれほどの意味があるのだろうかと感じた。

「百の夜は跳ねて」を読んで感じたこと

  • 2020.02.10 Monday
  • 16:32

「小説についての小説」その186

 

木村友祐の「天空の絵描きたち」を読んだあと、古市憲寿の「百の夜は跳ねて」を読んでみたくなった。……「百の夜は跳ねて」の参考文献の一つとして、「天空の絵描きたち」が挙げられているということなので、2作品を読み比べてみたくなったのだ。

 

木村友祐「天空の絵描きたち」(集英社、『幼な子の聖戦』所収)

古市憲寿『百の夜は跳ねて』(新潮社)

2つの小説を読んでみて、当たり前のことながら、まったく違う作品だと思った。

 

どちらの主人公も、現在、ビルの窓拭きの仕事に携わっている若者だ。「天空……」のほうは女性、「百の……」ほうは男性という違いはあるが。

ビルの窓を拭く仕事だから、ともに、高所での作業の様子が描写される。

「シャンプー棒」とか「スクイジー」(「天空……」のほうでは「スクイージー」と書かれている)などという道具の名前が登場するのも同じだし、窓を清掃する動作を「かっぱき」と表現するのも、当然のことながら同じだ。

 

(余談だけれども、中学校に勤めていたとき、用務主事さんから、「カッパキ」(「カッパギ」だったかもしれない)という道具の名前を教えてもらったことがある。T字型をした、長い柄の清掃用具で、トイレの濡れた床などを、それでかっぱいで、水をぬぐうのだった。)

 

ビルの窓拭きという労働を扱っている点では共通しているものの、その「労働」の描写には格段の差がある。

木村友祐の描写は、実際に体験したのではないだろうか? と思わせるような、臨場感がある。緻密で、詳しい。

古市憲寿の描写は、人から、知識として得たものを書いている感じがする。

 

この違いも、考えてみると、当然のことなのだろう。

木村友祐は「天空の絵描きたち」という作品で、ビルの窓拭きという「仕事」を本気で追及し、その「仕事場」でのドラマを描いていく。

古市憲寿の「百の夜を跳ねて」のほうは、ビルの各階・各室を外側から覗き見ることの出来る職業として、窓拭きを持ってきており、ビルの窓拭きの「仕事」そのものを追及しようとしているわけではない。ビルの窓拭きという「設定」が必要だったのだろう。

 

ビルの窓拭きという「仕事」への荷重のかけ方が違うのは、それぞれの創作の意図の違いからくるものなのだろう。だから、違っていていいのだが、私が古市作品に疑問を感じたのは、木村作品と同じく、高所作業中に転落して亡くなった仕事仲間の存在を、小説の重要な要素としていることだった。

 

勿論、その仕事仲間の存在のさせ方は、異なっている。

木村友祐の作品では、今まで読者のすぐそこに生き、親しんでいた人物の突然の死、というストーリーなので、その衝撃は大きい。

古市憲寿の作品では、すでにその人は亡くなっていて、登場してくるのは主人公の観念の中だけだ。

 

そのように、作中での役割は違うのだが、ビルの清掃中の転落死という点は共通で、それを、木村友祐が作品化したあとに、古市憲寿が自分の作品でも使ったことについて、「百の……」を読みながら、私はずっとひっかかるものを感じていた。

執筆上の倫理とかいう問題としてひっかかるのではなく、それ以前の問題として気になるのだった。

実作者としての「矜持」のようなものは、どうなっているのだろうか? という疑問だった。

参考文献として、「天空の絵描きたち」と明記しているにしても、……いや、明記しているからこそ、「ビルの清掃中の転落死」のエピソードは使わずにおいたほうが良かったのではないだろうかと思う。

 

もう一点、これもずっと気になったのは、「老婆」という語だった。

「百の……」の主人公は、55階建てのタワーマンション・3706号室の「老婆」に頼まれて、ビルやマンションの部屋の内部を、窓の外側から、盗撮するようになる。

主人公は大学を出たばかりの年齢。「老婆」は、「年がおそらく50歳以上離れた人」とある。

 

それが、70代でなく、たとえ80代・90代であっても、「老婆」という語が使われるのが、どうもしっくりしない。

「老爺」という語はあまり見かけないが、「老婆」は比較的、目にする。(「老爺」よりも「老婆」のほうが市民権を得ている?)

しかし、どうして「女性」ではいけないのだろうか?

「老婆」という語を使うことによって、読者が、どんなイメージを抱くことを期待するのだろうか? 人生の年輪? 得体のしれない魅力? 妖しさ? おどろおどろしたもの? あるいはまた童話の世界?

何歳あたりからが「老婆」となるのか不分明だが、一定の年齢以上の「女性」をさらっと「老婆」と書くことは、表現の努力を省いているように思える。

 

毅然として立つ「反日種族主義」の執筆者たち

  • 2020.02.09 Sunday
  • 18:28

「劇団は今日もこむし・こむさ」その283

 

李栄薫(イ・ヨンフン)編著『反日種族主義』(文藝春秋)を読んでいて、思わず身を乗り出す感覚を覚えたのは、つぎの文を読んだときだった。

「私の「性奴隷説」に対する批判は、一種の憤怒に近い感情がその底にあります。」

“憤怒”……その言葉から、ただごとではないものを受け止めた。

 

『反日種族主義』は3部構成になっている。

第1部 種族主義の記憶

第2部 種族主義の象徴と幻想

第3部 種族主義の牙城、慰安婦

 

慰安婦の問題について、第3部の5つの章すべてが当てられている。

上の一文は、第3部の中の、“日本軍慰安婦問題の真実”と題された第20章に綴られていた。(この章の執筆者は編著者である李栄薫氏自身)

 

この一文の前段で、「日本軍慰安婦の性格を性奴隷と規定してきた学説」を「検討」するとして、2人の研究者の学説が紹介されている。

「性奴隷説を先駆的に主張した研究者」として最初に挙げられているのが吉見義明という歴史学者の説で、もう一つは宋連玉(ソン・ヨノク)という研究者の説だ。

吉見義明氏は岩波新書の『従軍慰安婦』の著者で、劇団こむし・こむさで上演した『トラック島のヘル』の台本を執筆した際に、参考資料の一つとした。吉見氏は、『トラック島のヘル』の原作である『証言記録 従軍慰安婦・看護婦』(広田和子著、新人物文庫)から、何か所か『従軍慰安婦』に引用をしているので、広田和子氏についての研究には欠かせない資料になっている。

宋連玉氏は存じ上げていなかったが、ウィキペディアによれば、青山学院大学の教授で、在日朝鮮人二世とのことだ。

 

ただし、李栄薫氏の“憤怒”は彼らに向けられたものではなかった。

上の一文に続いて、李氏はこう書いている。

「日本の研究者たちが「性奴隷説」を主張するとき、その主要対象は日本人慰安婦や娼妓でした。その人数は朝鮮人慰安婦や娼妓よりずっと多かったのです。何よりも、日本で自生した売春業でした。したがって「性奴隷説」が正しかろうが間違っていようが、それは近代日本の歴史を説明する学説であって、日本の学界の問題と言えます。」

 

それでは、李氏の“憤怒”は何に向けられているのかというと……、こうです。

「しかし、日本軍慰安婦問題が起きて以来、韓国の研究者と運動家たちは、その説を無分別に導入しました。(中略)研究者なら、ある課題に接近するときには、まずその歴史的背景から、その土台を成す法と制度まで、丁寧に調べなければなりません。さらに、近い歴史であるため、すなわち今も続いている現実の一部にもなり得る以上、その全体像を把握し、歴史的意味を与えるに当たって、極めて慎重でなければなりません。しかし、慰安婦問題をめぐる研究者たちの態度は、情けないものでした。彼らは他人の学説を輸入・乱用し、むやみに煽動しました。」

 

そうして、そのペンの矛先は、さらに深いところへと達していく。

「私は、日本軍慰安婦が性奴隷であったなら、解放後の民間や基地村の慰安婦は、それよりもずっと過酷な状況に置かれた性奴隷だったと思います。もちろん私は、どちらの慰安婦についても、性奴隷説に賛成していません。私が指摘したいのは、性奴隷説を主張する運動家と研究者たちの無知と偏見です。彼らが本当の人道主義者であれば、彼らが本当の女性主義者であれば、彼らは解放後の韓国軍慰安婦、民間慰安婦、米軍慰安婦に対しても、彼女たちは性奴隷だったと主張し、韓国男性、国家、米軍に責任を問うべきでした。しかし、彼らはそうはしませんでした。彼らは、貧困階層の女性たちに強要された売春の長い歴史の中で一九三七〜四五年の日本軍慰安婦だけを切り離し、日本国家の責任を追及しました。彼らは、人道主義者でも、女性主義者でもありません。民族主義者、いや、乱暴な種族主義者でした。」

 

この李栄薫氏の文章は、一研究者、一運動家、一国、一国の男性、一国の国民に向けて書かれたものとは、私には思えなかった。この私にも、ペンの切っ先が突き付けられているように感じた。

 

 

誤解を与えてしまうといけないので、念のため、付け加えさせていただくと……。

性奴隷説を主張する韓国の運動家・研究者たちは、「一九三七〜四五年の日本軍慰安婦だけを切り離し、日本国家の責任を追及し」た。

だから、そもそも日本には、責任など無いのだと、李氏たちが日本を擁護している訳では、決してない。

 

“韓日関係が破綻するまで――挺対協の活動史”と題する第22章の執筆者、朱益鍾(チュ・イクチョン)氏が、こう述べている。

「問題は一国の政府が、その軍隊が、慰安婦を戦争遂行機構の一部として活用したところにあります。一国の軍が戦場に慰安所を作り、軍人たちにその慰安婦を対象に性欲を解消させたこと自体は、今の基準から見ると、あってはならないことです。今は、誰が見ても野蛮な制度と言うでしょう。」

だから日本政府も、その非を認め、謝罪もしてきたのでしょう。

 

 

エピローグの最後の節には“亡国の予感”という題がつけられている。

李栄薫氏の『反日種族主義』の執筆と編集・出版の行動のおおもとには、“亡国の予感”がある。

「反日種族主義は、この国を再び亡国の道に引きずり込んで行くかもしれません。一〇九年前、国を一度失った民族です。その民族が未だにその国を失った原因が分からずにいるのであれば、もう一度失うのは大して難しいことではありません。」

切迫した危機感が、李栄薫氏たち学者・ジャーナリストたちを、毅然と立たせている。

 

『反日種族主義』の最後の最後、李栄薫氏は、こう締めくくっている。

 

「ミネルバの梟は夕陽に鳴くと言います。亡国の予言は亡国の現実がいよいよ明瞭になったあとに耳に入って来る、という意味なのでしょう。この本がその梟になることを願いません。反日種族主義の報いがあまりにも深甚であるので、大きく鳴いてみました。まずは始めることです。始めるのに遅いということはありません。遅ればせでも大きな討論が起きるなら、天のくださった祝福です。もしも大きな騒動が起こるなら、我々の実証と理論が我々を護る槍と楯になるでしょう。我々の拠って立つところは自由です。建国の父、李承晩が生涯をかけて歩んだ巡礼のその道です。」

 

無知を知らされた「反日種族主義」

  • 2020.02.07 Friday
  • 20:57

「劇団は今日もこむし・こむさ」その282

 

『反日種族主義』という本が韓国でベストセラーになっているということは知っていた。その本の日本語版が出て、日本でもよく読まれているらしいということも分かっていた。けれど、根が天邪鬼なのか、人が読んでいると聞くと、反対に、触手が動かなかった。

 

昨年(2019年)12月12日(木)の産経新聞に、

「韓国 反日集会に抗議 

 学者ら、慰安婦像撤去も要求」

という見出しの、写真付きの記事(60行)が載った。(名村隆寛記者の署名記事)

 

それによれば、

「韓国ソウルの日本大使館前で毎週水曜日に、慰安婦問題で日本政府を糾弾する集会が開かれているが、この集会の中止と大使館前に設置された慰安婦像の撤去を求める活動が11日、集会場の近くで行われた。」

ということだった。

 

韓国では、「慰安婦問題で日本政府を糾弾する」人々の声のほうが、圧倒的に大きいのだろうという認識が私などにはある。そんな大勢に抗して、どのような人が、糾弾集会の中止や慰安婦像の撤去を求めたのだろうか? と、関心を抱かざるをえなかった。

記事を読むと、それは、

「日韓でベストセラーとなった「反日種族主義」の共同著者で「反日民族主義に反対する会」の代表を務める落星台経済研究所の李宇衍研究委員ら」

だった。(落星台=ナクソンデ、李宇衍=イ・ウヨン)

 

案の定、李氏らは人々から罵声を浴びせられ、12月19日(木)の続報によれば、18日には罵声だけで終わらず、男に襲いかかれもしたようだ(怪我はなかったとのこと)。

……この李宇衍氏も、執筆者として名を連ねている『反日種族主義』を読まなければならないと私が思ったのは、そんな、韓国での出来事を知ったからだった。

 

『反日種族主義 日韓危機の根源』(李栄薫=イ・ヨンフン編著、文藝春秋)

インターネットで、文藝春秋BOOKSの「作品紹介」を読むと、こんな風に書かれていた。

「本書がいわゆる嫌韓本とは一線を画すのは、経済史学などの専門家が一次資料にあたり、自らの良心に従って、事実を検証した結果をまとめたものであるということだ。

その結果、歴史問題の様々な点で、韓国の大勢を占めてきた歴史認識には大きな嘘があったことが明らかにされている。そしてそうした嘘に基づいた教育が何年も積み重ねられた結果、韓国の人々の多くは誤った歴史認識を正しいものと信じ込み、反日に駆られている。

民族主義というより、意見の合わないものを力ずくでも排除する非寛容な「種族主義」が韓国には蔓延しており、それが日韓の関係を危機に陥らせている根源なのである。」

 

この紹介の通り、『反日種族主義』は緻密な研究をもとにして、諄々とつづられた書物だった。

プロローグとエピローグの間に22の、研究の結果がまとめられている。

第8章“陸軍特別志願兵、彼らは誰なのか!”で私は、恥ずかしいことながら、今まで知らないでいたことを知らされた。

 

「一九一〇年、韓国は韓日併合で帝国日本の一つの地方として編入されました。」

ここまでの知識はあったのだが……

「そして朝鮮人は、日本人に適用される日本戸籍法による戸籍ではない、別の地域藉(「籍」とは漢字が異なる←野村記)または民族藉を持つ人間と規定されました。そのため朝鮮人は、日帝の臣民にはなりましたが、正式の日本国民ではなく、参政権と兵役義務も欠如した二等国民に過ぎませんでした。」

……この、参政権と兵役義務がなかったということを、私は今回、初めて教えられたのだった。

 

兵役義務はなかったものの、「陸軍特別志願兵制」というものがあって、朝鮮人の男子は応募することが出来たとのこと。1938年から1943年の間に、募集した人員は16,500人、志願者は803,317人。志願倍率の平均は48.7倍で、狭き門だったようだ。

 

第16章“ネバ―・エンディング・ストーリー「賠償!」「賠償!」「賠償!」”では、つぎのような記述に出合った。

「韓国戦争で南韓(韓国)だけでも一〇〇万人を死亡させ、一〇〇万人を負傷させた北朝鮮に対し、ただの一ウォンでも賠償や補償を要求したでしょうか? 日本に対しては地の果てまでも追って行って賠償要求をしながら、遥かに大きな被害を与えた北朝鮮に対しては一言も発せられないというのは、正常なことでしょうか?」

……朝鮮戦争での死亡者・負傷者の数の多さとともに、韓国が北朝鮮に対して何も要求してこなかったという事実にも、驚かされた。

 

こうして、自らの無知を思い知らされながら『反日種族主義』を読み進めていったのだったが、やがて、李栄薫氏をはじめとする執筆者たちの、理性に裏打ちされた熱い思いが、文章の行間から湧きだしてくるように感じ始めた。そのことについては、あらためて書かせていただこうと思います。

 

 

 

「セブン・イヤーズ・イン・チベット」再見

  • 2020.02.03 Monday
  • 19:24

「劇団は今日もこむし・こむさ」その281

 

ふと、以前に『セブン・イヤーズ・イン・チベット』という映画を見たことを思い出して、もう一度見たくなった。

どのような内容だったか覚えておらず、ただ、2人の登場人物が窓辺で向かい合っている映像だけが記憶されているだけだった。

 

家の中に、VHSかDVDがあるかもしれないと思って探したが、無いので、TSUTAYAに行ってみた。むかしの作品なので、もうお店に出ていないのではないかと思ったが、さいわいに「あった」。けれど、どなたかが借りていて、ケースはあったものの、中身はなかった。

……日を改めてもう1度TSUTAYAに行ったら、今度は中身があったので借りることが出来た。

 

『セブン・イヤーズ・イン・チベット』

1997年 アメリカ映画

原作 ハインリヒ・ハラー

脚本 ベッキー・ジョンストン

監督 ジャン=ジャック・アノー

 

約20年ぶりに『セブン・イヤーズ・イン・チベット』を見て、唖然としたのは、自分の記憶力の乏しさだった。

映画の前半部分では、主人公(原作者=オーストリアの登山家)がヒマラヤ登山にいどむが失敗、第二次世界大戦が起きて、インドでイギリス軍の捕虜となる。しかし、収容所から脱走して、チベットに逃れる。その過程が描かれていくのだが、この部分が記憶から全く欠落していた。

 

映画の後半に入り、チベットの首都で、当時まだ少年だったダライ・ラマ14世と出会い、ブラッド・ピット演じる主人公は、ダライ・ラマの個人教授のような存在になっていく。この辺りから既視感が少しずつ戻ってきたように感じたが、それでも私は、『セブン・イヤーズ・イン・チベット』の肝心な部分を、ちゃんと記憶してはいなかった。

 

後半に、映画の重要なテーマとして、チベットと、隣りの中国との関係が浮かび上がってくるのだが、それを覚えていなかった。

平和につつまれているかに見えたチベット。だが、やがて中国軍が国境地帯に侵入し、村や僧院が荒らされるようになる。さらには、中国から3人の将軍が飛行機で乗り込んでくる。彼らは「中国の政治的主権を認めれば、(チベットの)自治権と宗教の自由を認める」と言いつつ、「宗教は毒だ!」と捨て台詞を吐いて去っていく。

そして、ついには何万人もの中国軍が、圧倒的な武力でチベットに侵攻してくる。

『セブン・イヤーズ・イン・チベット』が、こんなにも、真正面から、中国の覇権的な体質を糾弾する映画だったとは、今回再び見るまで、すっかり忘却のかなたに追いやっていた私だった。

 

映画の最後、主人公はオーストリアに帰国し、息子と共に登山をする。その切り立った峰の頂上に、主人公はチベットの国旗を掲げる。

……このラストシーンも私は覚えていなかったのだが、今回見て、強く胸を打たれた。

 

物語が終わり、カメラが山脈を映しながら、だんだんと後退していくスクリーンに、つぎの言葉が浮かんでくる。

「中国の侵攻で100万のチベットの民が死に 6千の僧院が破壊された」

「1959年ダライ・ラマはインドに亡命 今も中国との和平に努力している」

「1989年にはノーベル平和賞を受賞 ハインリヒ・ハラ―との友情は今も続いている」

 

私が、なぜ『セブン・イヤーズ・イン・チベット』を思い出したのか?

それは、「中国」のせいに違いない。

「一国二制度」を旗印に、中国は香港や台湾を呑み込もうとしている。

また、2019年11月には。新疆ウイグル自治区で、中国政府がウイグル族を強制収容している実態があばかれた。

 

もし、そんな香港や、台湾や、新疆ウイグル自治区に思いを馳せるのであれば、チベットのことを忘れていていいのか? と、今日この頃の世の中の状況が、私に、『セブン・イヤーズ・イン・チベット』を思い出させてくれたのだと思う。

 

滝口悠生の偏愛書ー水上瀧太郎「大阪の宿」

  • 2020.01.30 Thursday
  • 17:29

「小説についての小説」その185

 

「すばる」は創刊50周年を迎えたそうで、それを記念して、2020年の1月号で、「すばる文学賞受賞作家短編競作」というのと、「50人による『私の偏愛書』」という特集を組んでいた。

 

作家が偏愛している書物。それも、気になっている作家の偏愛書……とあれば、興味が湧いてしまうのは当然で、私も編集者の意図につられ、何人かの作家の「偏愛」の様を覗いてみた。

 

滝口悠生が偏愛書として挙げていたのは、水上瀧太郎の『大阪の宿』(岩波文庫、一九五一年)だった。

水上瀧太郎という名前は知っていたけれど、その作品は読んだことがなかった。だから、滝口悠生がどうして『大阪の宿』を偏愛しているのか想像が出来なくて、なおさらに興味を抱かされた。

 

「私の偏愛書」という文章は、400字詰めで3枚ほどの短いもので、一人の作家に与えられているスペースは雑誌1ページしかない。

滝口悠生の文章の書き出しはこうだった。

「二十歳ぐらいの頃、古本屋でたまたま買った古い岩波文庫で読んだ。おもしろかった覚えはあっても、大阪の宿屋でやたら酒を飲む小説、みたいな曖昧な記憶しかなく、数年前ふと読み返してみたら記憶の通りで、大阪の宿屋でやたら酒を飲む小説だった。そしてやっぱりすごくおもしろかった。」

 

このあと、水上瀧太郎という作家についての基礎的知識、『大阪の宿』が書かれた経緯、そして『大阪の宿』の面白さに触れて、最後にこう締めている。

「たぶんこの小説を読んだから、いま小説を書いている。」

 

この締めの言葉からすると、滝口悠生の中に占める『大阪の宿』の存在は、想像以上に重いようだ。

俄然、『大阪の宿』を読まなければならない……という思いにかられ、本屋さんに探しに行った。けれど、見つからない。

そんなとき、最近、つい頼ってしまうのがインターネットでの購入で、講談社文芸文庫の『大阪の宿』を送ってもらって読むことが出来た。

 

滝口悠生も、上の文章の中で、「おもしろかった」と書いている。

この「おもしろい」という言葉は曲者で、軽い感じでも使われるし、けっこう深い意味でも使われる。便利な言葉だから、それだけに用心して使わなければならないと思っているのだが、『大阪の宿』はたしかに、「おもしろい」という言葉にぴったりの小説であるように思った。

 

『大阪の宿』は1925年(大正14年)の10月号から、翌年の6月号まで、「女性」という雑誌に連載された作品だそうだ。

明治時代・大正時代に書かれた小説について、私は十代・二十代の頃、「古い」「難しい」という感じで受け止めていたように思う。その頃は、明治・大正の小説は旧仮名遣いのまま印刷・出版されていたので、そのせいもあったかもしれない。読みにくい印象があった。(とは言っても、三島由紀夫の小説なども当時は旧仮名で発表・印刷されていた。それらは平気で読んでいた訳だから、この説はあたっていない可能性がある。)

 

今回読んだ講談社文芸文庫の『大阪の宿』は2003年の8月に発行されている。巻末に、「新漢字・新かな遣いに改め多少ふりがなを加えました。」とある。

しかし、「為めに」とか、「流れて居る」とか、「其間」とか、1ページ目から、今の人であれば、まず漢字を使わないところに漢字が使われていて、そのあたりは手が加えられていないので、その分読みにくい気もしないではないけれど、逆にその時代の趣が感じられて、あまり気にせずに読むことが出来た。

 

明治・大正の小説を最近になって読むと、何十年か前とは違って、意外なほど読みやすく、ぐいぐい惹きつけられることがある。

やはり「新漢字・新仮名遣い」のおかげかもしれないと思いつつ、ただ単に、「新漢字・新仮名遣い」に直したからといって、すべての作品が現代によみがえるものでもないだろうとも考える。古い衣裳をとりのぞいたその中に、しっかりした骨格がなければ、今、読んだ人に「おもしろい」と感じさせることは出来ないに違いない。

 

『大阪の宿』のなにが面白いって、それは、登場する人物たちの造形がくっきり、はっきりとしていて、そこに生きているように感じられるからではないだろうか。

滝口悠生も、こう書いている。

「とりわけ最高なのが酒豪の芸者「蟒」(なんて名前だ!)である。「盃みたいなちつぽけなものはけちくさい」と、コップ酒がお決まりのスタイルで、飲みはじめれば客も座敷も関係なく杯をさす。相手が逃げ出そうとすれば「どうしても帰るといふのなら、頭からお酒をぶつかけてやるよ。」と言って本当に頭から酒を浴びせる。」

(・「蟒」=うわばみ、と読むらしい。

 ・滝口悠生が持っている岩波文庫の『大阪の宿』は、旧仮名遣いで印刷されているようだ。引用の文が、旧仮名になっている。)

 

「私も」と言うのは気がひけるけれど、活写された登場人物の中で、最も強烈で、しかも魅力的で、いとおしいのが、滝口悠生が取り上げている通り、「蟒」さんだと思った。

この「蟒」さん、主人公の「三田」と、江戸っ子気質という点で通じるところがある。だからこそ男女の関係を超えて、友情をはぐくんでいるのだ。

 

滝口悠生の「私の偏愛書」を読んだことによって、水上瀧太郎の『大阪の宿』に巡り合い、思いがけなく、良い読書体験をすることが出来た。

ただ、滝口悠生が、「たぶんこの小説を読んだから、いま小説を書いている。」という言葉の意味は、『大阪の宿』を読んで、なんとなく分かるような気もしたが、本当のところはまだ分からない。……作家の「偏愛書」1冊読んだくらいで、簡単に分かることではないのだろう、きっと。

 

 

胸迫る木村友祐「天空の絵描きたち」

  • 2020.01.29 Wednesday
  • 16:08

「小説についての小説」その184

 

前回、「木村友祐の諸作品を読んで」と題して書いた後で、「そういえば……」と思い出した。

2019年の上半期の芥川賞の候補に、古川憲寿の「百の夜は跳ねて」が挙がっていた。その作品の「参考文献」の一つが、木村友祐の小説ではなかったろうか?……と。

 

記憶がハッキリしていなかったので、パソコンで検索してみたら、やはりそうだった。題名は「天空の絵描きたち」。

ぜひ読んでみたくなったけれども、まだ本になっていない。かつて発表された雑誌のバックナンバーは売られていないかしらん? と調べているうちに、「幼な子の聖戦」が単行本になり、その本に「天空の絵描きたち」も収録されていることが分かった。

 

書店には、『幼な子の聖戦』(2020年1月、集英社)が幾冊も積まれ、売られていた。

本の巻末を見ると、「天空の絵描きたち」の初出は、「文學界」の2012年10月号だと印刷されていた。

木村友祐の本で言うと、『海猫ツリーハウス』(2010年)と『聖地Cs』(2014年)の間、……「海猫ツリーハウス」ですばる文学賞をとって間もない頃の作品、だということが分かった。

 

「幼な子の聖戦」は雑誌ですでに読んでいるので、さっそく「天空の絵描きたち」を読み始めた。読み始めてすぐに、作品世界に引っ張られ、没入した。

ビルの窓ガラスを清掃する仕事。主人公の名前は「安里小春(あさとこはる)」。まさか女性とは思わなかった(古い、固定観念!)ので、「ずいぶん優しい名前だなあ。でも、そのギャップがいいのかもしれない」などと頭の中でつぶやいていたら、間もなく「彼女」という単語が出てきて、女性だと知れた。

 

安里小春は印刷物のデザイン会社に勤めていたのだが、自分の仕事にうんざりしていた。だが、アパートへの帰り道、ビルの上から突然降りてきた「塊」に遭遇する。その塊とは「窓拭き」の男で、それがきっかけとなって、彼女は「窓拭き」に転身した。

 

「天空の絵描き」というのは、どういう意味なのかというと、安里小春が、職場の先輩からこんな風に言われるところがある。

「外を見る人にとっては、窓枠は額縁、外の景色が絵だよ。つまりぼくらってのは、せっせと窓拭いて、額縁のなかにきれいな絵を描きだしてんだよ」

 

「天空の絵描き」ではなくて、「絵描きたち」と複数になっていることが重要に思う。

この小説は、安里小春ひとりの物語だけではなく、彼女が転職した先の、「窓拭き」の職場の男性や女性(安里小春だけではなく、女性が何人も働いている)たちの、群像劇なのだった。

「板子一枚下は地獄」という言葉があるが、それは船に乗って仕事をする人々だけの話ではなく、ロープをたよりにビルの窓を清掃する人々にとっても同じで、そんな危険の真ん中に身を晒して仕事をする職場だからこその緊張感がある。「死」と隣り合わせのところにいるのだから、人と人の関係も、決してなあなあであってはならないし、冗談や軽口をたたいているようで、根本のところは「本気」「真剣」が求められるのだ。

 

「天空の絵描きたち」を読み、躰をはって仕事をする人間同士の真情を感じ、揺さぶられるところが幾つもあった。

「窓拭き」は、ガラスの外側から拭くだけではなくて、部屋に入って、窓の内側からも拭いて綺麗にする。そこで持ち上がったのが、社長室の机に置いてあった腕時計がなくなったという事件(?)だった。社長室に入って窓を拭いた「羽田」が疑われ、警備会社の責任者の聴取を受ける。

ところが、聴取の途中、腕時計が見つかったという連絡が入る。警備会社の責任者がそれを聞き、あっさり「一件落着」と言い捨て、疑いをかけた羽田に対して一言もなく去ろうとしたとき、聴取に同席していた羽田の先輩が「待てコラッ」とつかみかかっていく。

「お前失礼だろう、謝れよ、こいつに謝れっ」

 

こんな場面に思わずぐっと胸が詰まり、嗚咽を漏らしそうになった(いや、漏れていたかもしれない)。

ほかにも、そんな場面があって、それを一つ一つ綴っていきたい誘惑にかられる。

けれども、これから「天空の絵描きたち」をお読みになる方がいらっしゃると、感興がそがれてしまうに違いない。

なので、ストーリーの細かなご紹介は自制します。

 

ただ、具体的なことは避けつつ、ふたつだけ書かせていただくと……。

「窓拭き」の仕事はチームでおこなわれる。実際に窓を拭く人間だけでなく、屋上の上で、ビルの下で、その作業をサポートする人間もいる。そういう裏方的な人間に対する態度はどうあるべきか? そこにもまた、ドラマがあり、考えさせられるものがある。

「仲間」なんていう言葉は、いまどき陳腐に聞こえてしまうのかもしれない。しかし、「天空の絵描きたち」には、「仲間」という言葉の空洞を熱く埋めつくす、濃い内容があった。

 

また、小説のはじめの方で、安里小春が就職した「サエキビルサービス」の、会社経営の問題点が何点か記述される。

そのひとつは、「経費節約の名目でロープやポール、脚立といった資材が古くなってもなかなか買い替えてくれない」という問題だった。

この問題が、やがて、深刻な状況を生み出していく訳なのだが、「窓拭き」という、ある意味、職人さん的な仕事を持続させていくためには、会社という組織が、「経費節約」の前に、何を経営のおおもととするかが問われるのだと考えさせられた。

 

そうして、「天空の絵描きたち」が素晴らしいと感じたのは、その厳しい現実の中で、「窓拭き」の「仲間」たちが、危険な仕事から去っていくのではなく、仕事を黙々と続けていく……、その描写で終わっていることだった。

この世界を変えることができるのは、やはり、一人の「絵描き」ではなくて、「絵描きたち」なのに違いない。

 

木村友祐の諸作品を読んで

  • 2020.01.24 Friday
  • 21:34

「小説についての小説」その183

 

「すばる」2019年11月号に掲載された『幼な子の聖戦』を読んでから、作品から伝わってくる熱い、強い、まっすぐなものに惹かれ、作者・木村友祐の作品を立て続けに読んだ。

単行本の発行年月の早い順に並べると、

2010年2月『海猫ツリーハウス』(集英社)

2014年8月『聖地Cs』(新潮社)

2016年3月『イサの氾濫』(未来社)

2016年11月『野良ビトたちの燃え上がる肖像』(新潮社)

2017年12月『幸福な水夫』(未来社)

 

前回のブログ「その182」の題を、「木村友祐―「はじっこで暮らす者」の視点から?」としたが、上の単行本を読んでみて、やはり、作者は常に、「はじっこで暮らす者」の視点に立っていることが確かめられたように思った。

一本の太い骨で貫かれ、揺るぎがなかった。

 

そして、これらの本を読むことによって、木村友祐の、もう一つの特徴にも気づかされた。

それは、なんとも繊細な、やさしい感覚が、その底にあるということだ。

「繊細」とか「やさしさ」と言うと、「熱さ」や「強さ」や「まっすぐさ」と、反対の場所に位置しているという風に思われてしまうかもしれないが、そうではないのだった。

 

たとえば、『幸福な水夫』の表題作は、こんな光景から書きだされる。

「ぽったりとふくらみのある腹を見せて、まだ目の開かない黒助がゆずるの太ももの上で仰向けになっている。嫌がっているのか鳴きながら体を反転させようとするのを、ゆずるは力を入れすぎないように片手でつかんでまた仰向かせる。そうやって、少し眉をしかめた真剣な表情で尾の付け根をのぞき込み、ぬるま湯で湿らせたティッシュペーパーで仔猫の小さな肛門を軽くトントンと叩いていた。もう二日、便が出ていなかった。」

 

この「ゆずる」は少年かと思ってしまうが、そうではなく、妻帯している39歳の男性が、まだ目の見えない子猫の「便秘」を気にかけて、面倒を見ているシーンなのだ。

「ゆずる」には、作者自身が投影されているようで、『幸福な水夫』に収録されているエッセイ「黒丸の眠り、祖父の手紙」には、こんな記述がある。(ここに登場する「黒丸」というのは、作者が食べ物を与えている、「外猫」の名前だ。)

 

「そうだよ黒丸。お前はただお前であるだけで、ほんとうはおれらが言葉で区別するような「猫」でもないし「黒猫」でも「外猫」でもない、「動物」と呼ばれるものでもない。“言葉以前の世界”にお前がお前としてそこにいる、それがすべてだよ。

 おれら人間だって根本の姿はそういうもののはずだし、どんな出自でも、どんな境遇下で暮らしていても、だれもがみんな意味が不明のブラックホールのうえできわどい綱渡りをしながら生きているっていう点で、まったく一緒なんだ。」

 

人間の世界に限らず、「外猫」の「黒丸」も含めて、「まったく一緒」の存在と考えるところから、木村友祐の「なんとも繊細な、やさしい感覚」が生まれているように私は感じる。

 

さらに、もう一点、感じたことがあった。

私の好みの問題なのかもしれない。ほかの方には気にならない点かもしれない。

しかし、上の単行本を読んでみて、ときどき、「あれ?」と思うことがあった。

それは、例えば、『野良ビトたちの燃え上がる肖像』の中の、つぎのような文章だ。

 

「さっき聞いた梶さんの説明によれば」

……と、一応、「梶さん」という作中人物の「説明」というかたちにはなっているのだが、会話としてではなく、地の文で、こんな風に書かれていく……。

「大企業が儲かれば社会全体が潤うと宣伝して政府が押し進めた経済政策が元凶らしい。社会保障費に回すはずだった消費税を「助け合い消費税」と呼びかえて大企業優遇のために使うことを公然と打ちだし、景気のためだからと増税をくり返したことがこの状況を生みだした。助け合うつもりのない大企業は右肩上がりの収益をため込むばかりで社会に還元することはなく、逆に増税による物価高騰についていけない中小企業は次々倒産、失業に追い込まれて家を失う者が続出することになった。(以下略)」

 

「助け合い消費税」などとあって、あくまでも小説の世界だということを前提とした文章にはなっているのだが、あまりに「まっすぐ」過ぎて、私には「露骨」に感じられた。

作者は、『野良ビトたちの燃え上がる肖像』という作品世界を、作者独自の言葉で、作者独自の文章で、組み立て、構築している。

それなのに、その上、このような記述が必要であるのかどうか、疑問に感じたのだった。

この記述に触れたとき、どこか別のところで、すでに、幾度も読んだり、聞かされたことがあるように思った。それが、残念だった。

 

 

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