橋口洋平さんの言葉と声

  • 2019.05.20 Monday
  • 22:47

「劇団は今日もこむし・こむさ」その261

 

このブログの「その258」の最後を、今度はwacciのアコースティック編成のライブに行ってみたいと結んだ。

そんなライブを見にいけるのは、きっと遠い先のことだと思っていた。

ところが、wacciの橋口洋平さん(作詞・作曲・ボーカル)の歌を聴く機会が突然やってきた。

 

新宿ゴールデン街に、2018年1月まで「花の木」という店があった。「花の木」を45年続けてきたママが亡くなられてしまい、そのあとママのご家族のお許しをいただいて、3人の若者が「HALO」というお店をオープンさせた。その開店1周年のイベントに、橋口洋平さんがいらしたのだ。

 

場所は南青山のカフェ。「HALO」のお客さん、友人知人、若い方がたくさん集まって、活気があった。50人はゆうに越していただろう。

3組のミュージシャンと、1人のパフォーマーが出演した。

 

飲食をしたり、それぞれに歓談したりしている中で、歌をうたったり、一人芝居を演じるのは大変なことだ。

それぞれのミュージシャンやパフォーマーの歌や芝居を見にきた人ばかりではないので、歌や芝居に、その場にいる全員が集中することがない。演奏中であっても、ずっと話し声や笑い声が聞こえる。

 

ただ、ある女性のジャズ・シンガーがビリー・ジョエルの「New York State of Mind」を歌ったときは、カフェ全体が静かになった。それまでのボサノバやサンバの曲から「New York State of Mind」に移ったとたん、会場の皆に何かが伝わり、人々は会話を止めて、音楽を聴こうとしたのだった。彼女の歌の力だった。

 

最後に登場したのが橋口洋平さんだった。

彼の声は、その第一声から、その場を支配した。

「別の人の彼女になったよ」という曲がよかった。

彼が初めて、女性目線で書いた曲だそうだ。

 

若い男女の恋愛の曲、……およそ私とは関わりがない、と思って聴いていたら、不思議なことに胸に迫ってきた。

 

新しく好きになった「別の人」は立派な人らしい。

「あなたみたいに一緒にフェスで大はしゃぎとかはしないタイプだけど

余裕があって大人で本当に優しくしてくれるの」

 

しかし、この女性、本当は、フェスで大はしゃぎをしたり、映画を見て彼女よりも泣いたりする「あなた」のことがまだ好きなようなのだ……。

 

だから、自分が「別の人の彼女になった」のと同じように、あなたも早く「別の人の彼氏に」なってねと、口では言っておきながら、その本心は違うようなのだ。

 

そして歌のラストがいい。

「あなたも早くなってね別の人の彼氏に

 私が電話をしちゃう前に」

 

彼女は、今にも「あなた」に電話をしてしまいそうなほど、せっぱつまった心境にいるのだ。

その思いを隠し切れずに、最後の最後、どっとあふれ出させて終わっていく。

「好きです」「愛しています」などという言葉を使わないで、その思いをリアルに、目に見えるように描いてみせた歌詞だと思う。この女性の姿が浮かんでくる。

 

今回の、「HALO」の1周年記念のイベントでの、橋口洋平さんの貴重なライブ。時間は短かったけれど濃いものを感じた。

「別の人の彼女になったよ」を聴いて、その「言葉」(歌詞)の絶妙さを認識することが出来たし、言葉を歌として表現するときの、橋口さんの「声」の良さについても改めて感じることが出来た。もう、そこで終わりかというところで終わらずに、さらにその上の思いにまで、声を響かせながら聴衆をひっぱり上げていく強さを感じた。

 

「あの脱脂粉乳は・・・?」ユニセフの広告

  • 2019.05.04 Saturday
  • 19:26

「劇団は今日もこむし・こむさ」その260

 

「週刊文春」2019年5月2・9日号のページをめくっていたら、ユニセフの広告が載っていた。

女の子たちが笑いながら給食を食べている白黒の写真の上に、「あの脱脂粉乳は、どこから届いたのだろう?」というコピーがかぶさっている。

自分の幼い頃が彷彿とする写真と、脱脂粉乳云々というコピーに惹きつけられた。

 

コピーの脇に、つぎの文章が添えられていた。

「戦後食糧難の時代、ユニセフミルクとも呼ばれた学校給食の脱脂粉乳が、ユニセフを通じ世界から日本へ届けられました。あれから半世紀以上たった今、皆さまの大切な財産を世界中の子どもたちの未来に生かす方法が、ユニセフにはあります。あなたの想いを、子どもたちの生きる力につなげることができます。」

 

さらに、

「※(公財)日本ユニセフ協会への遺産の寄付、および相続財産の寄付(現金)には相続税が課税されません。」

とも印刷されていて、つまりはユニセフに遺産を寄付するプログラムに、賛同・参加をうながす広告なのだった。

 

この雑誌の1ページ全部を使った広告を見て、人々はどんな風に受け止めるのだろうか? というのが私の最初の思いだった。

若い世代の人も含め、おそらくおおかたの人は、ユニセフに対して悪い印象を抱いていないのに違いない。

だから、この広告に対しても、人々は好意的に受け止めるのではないか? そう感じた。

 

つぎに、「遺産」「寄付」という語句から、この広告のターゲットは、白黒の写真に写っている、戦後の食糧難の時代に生きた子供達の世代なのではないかと気がついた。

学校給食で脱脂粉乳を飲んだことのある人々も、今は高齢者になり、中には財産を築いた人もいるだろう。そんな人がこの広告を見て、寄付に応じることをユニセフは期待して、この広告を作ったのであろうと思い至った。

 

私も小学生のとき、給食で脱脂粉乳を飲んでいた。

その脱脂粉乳が「ユニセフミルク」と呼ばれていたとは知らなかった。「ユニセフ」という単語も、当時耳にしていたのかどうか……? ただ、粉っぽい飲み物を、その来歴など考えることもなく口にしていた。

 

教室内の雰囲気としては、脱脂粉乳の評判はあまり良くなかったような記憶がある。

しかし私は美味しいとも不味いとも思わず、素直に飲んでいた。

ひとつ、嫌な思い出がある。もしかしたら長い年月の間に、記憶が変形しているかもしれないが、担任(ベテランの女性教師だった)の先生が、脱脂粉乳を前にしている私の首を、両手の親指と人差し指で挟むようにして、「ちゃんと、全部、飲まなきゃいけない」という意味のことを言ったのだった。

 

私は脱脂粉乳についての不満を洩らしたことはなかった。全部飲まないで、残したりすることもなかった。それなのに、何故先生が私の首を両手でつかみ、そんなことを言ったのか分からなかった。

私がたまたま一番前の席に座っていたからなのか? 私の首が細かったから、栄養不足と思われたからなのか? 教室全体に伝えたいこと(=全部飲み切って栄養をとること)を、私の華奢な首を使って示したのだろうか? それともその日、先生の身に何か嫌なことがあったからなのか?

その疑問はずっと解けず、また忘れることもなく、恐ろしいことに、何十年も経った今、こんな風にブログに書いたりしている。

 

脱脂粉乳の来歴を知ったのは、のちのちのことだった。

しかも、それは「ユニセフ」によるものというより、「アメリカ」から送られてきたもの、という話だった。脱脂粉乳は、アメリカでは牛や馬の飼料なのだという噂(?)も、その話には付いていた。それが事実なのかどうか知らないが、粉っぽい飲み物の感触を思い浮かべると、「そうなのかもしれない」と納得するものがあった。

 

戦後すぐの時代に育った人間として、「ユニセフ」には感謝しなければいけないのかもしれない。また、その感謝の気持ちを純粋に抱く、同年配の方も居られるのかもしれない。

けれど、私は脱脂粉乳には、どうしても「敗戦」の民の飲み物というイメージがからみついていて離れない。戦争に勝った国から送られてきた飲み物を飲んで育ったということに、こだわりを抱く自分が居る。

 

「あの脱脂粉乳は、どこから届いたのだろう?」

そんな広告を見て、半世紀以上たった今、ユニセフミルクを「ありがたいことだった」と感じる人もいるだろうが、そんな人ばかりではないのではないか。

複雑な思いを抱く者も在ることを書き留めておきたかった。

「世界卓球2019」・・・ボールボーイ考

  • 2019.04.26 Friday
  • 23:57

「劇団は今日もこむし・こむさ」その259

 

今、ブタペストで「世界卓球2019」が開かれていて、テレビでもその模様が放送されている。日本の選手も多く出場していて、中には決勝まで勝ち進んでいる人もいる。

 

ダブルスの試合を見ていて、「あれっ?」と思った。

ボールを打ち返せずに、後方に飛んでいってしまったときに、選手たちが見慣れないことをしている。

飛んでいったボールを取りに行かず、ポーンと審判から投げられたボールをキャッチして、つぎのプレイに入っていったのだ。それは1回だけのことではなく、ずっとそんな調子で試合が進められていった。

 

テレビの画面を注意して見ていると、卓球台の周囲を囲っている低い塀のようなものの角が少し開いていて、その向こうにしゃがんで待機している人がいた。きっと、その人(何人いるのかは確かめられなかった)が飛んでいったボールを拾うシステムになっているらしかった。(ただし、選手の近くに落ちたボールについては、選手自らが拾っていた。)

 

なるほど、このようなシステムならば、選手はボールを拾いにいく手間が省けるし、試合にボール拾いの「間」が無くなるので、スピード感が生まれる。

しかし、その一方、ボールを拾いに行く「間」を、若干の休息や、思考する時間として利用することが出来なくなる。

選手としては、ボールを拾いにいくシステムと、人に拾ってもらうシステムと、どちらがいいのだろう?

 

そんなことを考えているうちに、10年くらい前、こんな「詩のようなもの」を書いたことを思い出した。

 

   ひとつ

 

卓球

ダブルスの試合

打ちそこねたボールを

ふたりして拾いにいく

 

ボールはひとつだから

ひとりが拾いにいけば

いいものを

いつも

ふたりして拾いにいく

 

ボールはひとつ

ダブルスのふたりも

ふたりでひとつ

だからいつも

ふたりして拾いにいく

 

選手が飛んでいったボールを拾いに行かないで、どんどん試合が進んでいくケースを見たのは、私の場合、今回の「世界卓球2019」が初めてだった。

確かめてみたら、大会などによっては、こういう試合運びをすることは今までもあったらしい。

ということは、これから行われる卓球の試合が、全部「世界卓球2019」と同じように行なわれる訳でもないのだろう。

 

シングルスの場合はどうなのだろうと、テレビを見ていたら、やはりダブルスと同じように、飛んでいったボールは、いちいち選手は拾いにいかず、審判から別のボールを受け取っていた。

 

たしかに、世界レベルの技術を持った選手たちが、部活動で卓球をやっている生徒たちと同じように、床にころがったボールを自ら追っていくのは、牧歌的といえば牧歌的、旧態依然といえば旧態依然、時間の無駄といえば時間の無駄……、なのかもしれないが、そこに捨てがたい「味」があるような気がしないでもない。

 

幼い頃と同じように、アマチュア時代と同じように、高名な選手も無名な選手も区別なく、自分たちが飛ばしたり落としたりしたボールは自分たちの手で拾って、ゲームを再開させていく。

格好のいい、高度なプレイをするだけでなく、どんなスター選手であったとしても、「球拾い」という裏方的な仕事も試合中に併せておこないながら闘う姿というのは、とても清々しいものではないだろうか。

 

「世界卓球2019」で、「球拾い」のおおかたの部分をボールボーイに託した試合を初めて見て、「間」が無くなって、進行が途切れないのは現代に合っているように感じたものの、さて、そこまで急ぐ必要が、果たしてあるのだろうかという疑問を抱いた。(大会の運営や、テレビ放送などの関係があるのだろうか?)

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