毅然として立つ「反日種族主義」の執筆者たち

  • 2020.02.09 Sunday
  • 18:28

「劇団は今日もこむし・こむさ」その283

 

李栄薫(イ・ヨンフン)編著『反日種族主義』(文藝春秋)を読んでいて、思わず身を乗り出す感覚を覚えたのは、つぎの文を読んだときだった。

「私の「性奴隷説」に対する批判は、一種の憤怒に近い感情がその底にあります。」

“憤怒”……その言葉から、ただごとではないものを受け止めた。

 

『反日種族主義』は3部構成になっている。

第1部 種族主義の記憶

第2部 種族主義の象徴と幻想

第3部 種族主義の牙城、慰安婦

 

慰安婦の問題について、第3部の5つの章すべてが当てられている。

上の一文は、第3部の中の、“日本軍慰安婦問題の真実”と題された第20章に綴られていた。(この章の執筆者は編著者である李栄薫氏自身)

 

この一文の前段で、「日本軍慰安婦の性格を性奴隷と規定してきた学説」を「検討」するとして、2人の研究者の学説が紹介されている。

「性奴隷説を先駆的に主張した研究者」として最初に挙げられているのが吉見義明という歴史学者の説で、もう一つは宋連玉(ソン・ヨノク)という研究者の説だ。

吉見義明氏は岩波新書の『従軍慰安婦』の著者で、劇団こむし・こむさで上演した『トラック島のヘル』の台本を執筆した際に、参考資料の一つとした。吉見氏は、『トラック島のヘル』の原作である『証言記録 従軍慰安婦・看護婦』(広田和子著、新人物文庫)から、何か所か『従軍慰安婦』に引用をしているので、広田和子氏についての研究には欠かせない資料になっている。

宋連玉氏は存じ上げていなかったが、ウィキペディアによれば、青山学院大学の教授で、在日朝鮮人二世とのことだ。

 

ただし、李栄薫氏の“憤怒”は彼らに向けられたものではなかった。

上の一文に続いて、李氏はこう書いている。

「日本の研究者たちが「性奴隷説」を主張するとき、その主要対象は日本人慰安婦や娼妓でした。その人数は朝鮮人慰安婦や娼妓よりずっと多かったのです。何よりも、日本で自生した売春業でした。したがって「性奴隷説」が正しかろうが間違っていようが、それは近代日本の歴史を説明する学説であって、日本の学界の問題と言えます。」

 

それでは、李氏の“憤怒”は何に向けられているのかというと……、こうです。

「しかし、日本軍慰安婦問題が起きて以来、韓国の研究者と運動家たちは、その説を無分別に導入しました。(中略)研究者なら、ある課題に接近するときには、まずその歴史的背景から、その土台を成す法と制度まで、丁寧に調べなければなりません。さらに、近い歴史であるため、すなわち今も続いている現実の一部にもなり得る以上、その全体像を把握し、歴史的意味を与えるに当たって、極めて慎重でなければなりません。しかし、慰安婦問題をめぐる研究者たちの態度は、情けないものでした。彼らは他人の学説を輸入・乱用し、むやみに煽動しました。」

 

そうして、そのペンの矛先は、さらに深いところへと達していく。

「私は、日本軍慰安婦が性奴隷であったなら、解放後の民間や基地村の慰安婦は、それよりもずっと過酷な状況に置かれた性奴隷だったと思います。もちろん私は、どちらの慰安婦についても、性奴隷説に賛成していません。私が指摘したいのは、性奴隷説を主張する運動家と研究者たちの無知と偏見です。彼らが本当の人道主義者であれば、彼らが本当の女性主義者であれば、彼らは解放後の韓国軍慰安婦、民間慰安婦、米軍慰安婦に対しても、彼女たちは性奴隷だったと主張し、韓国男性、国家、米軍に責任を問うべきでした。しかし、彼らはそうはしませんでした。彼らは、貧困階層の女性たちに強要された売春の長い歴史の中で一九三七〜四五年の日本軍慰安婦だけを切り離し、日本国家の責任を追及しました。彼らは、人道主義者でも、女性主義者でもありません。民族主義者、いや、乱暴な種族主義者でした。」

 

この李栄薫氏の文章は、一研究者、一運動家、一国、一国の男性、一国の国民に向けて書かれたものとは、私には思えなかった。この私にも、ペンの切っ先が突き付けられているように感じた。

 

 

誤解を与えてしまうといけないので、念のため、付け加えさせていただくと……。

性奴隷説を主張する韓国の運動家・研究者たちは、「一九三七〜四五年の日本軍慰安婦だけを切り離し、日本国家の責任を追及し」た。

だから、そもそも日本には、責任など無いのだと、李氏たちが日本を擁護している訳では、決してない。

 

“韓日関係が破綻するまで――挺対協の活動史”と題する第22章の執筆者、朱益鍾(チュ・イクチョン)氏が、こう述べている。

「問題は一国の政府が、その軍隊が、慰安婦を戦争遂行機構の一部として活用したところにあります。一国の軍が戦場に慰安所を作り、軍人たちにその慰安婦を対象に性欲を解消させたこと自体は、今の基準から見ると、あってはならないことです。今は、誰が見ても野蛮な制度と言うでしょう。」

だから日本政府も、その非を認め、謝罪もしてきたのでしょう。

 

 

エピローグの最後の節には“亡国の予感”という題がつけられている。

李栄薫氏の『反日種族主義』の執筆と編集・出版の行動のおおもとには、“亡国の予感”がある。

「反日種族主義は、この国を再び亡国の道に引きずり込んで行くかもしれません。一〇九年前、国を一度失った民族です。その民族が未だにその国を失った原因が分からずにいるのであれば、もう一度失うのは大して難しいことではありません。」

切迫した危機感が、李栄薫氏たち学者・ジャーナリストたちを、毅然と立たせている。

 

『反日種族主義』の最後の最後、李栄薫氏は、こう締めくくっている。

 

「ミネルバの梟は夕陽に鳴くと言います。亡国の予言は亡国の現実がいよいよ明瞭になったあとに耳に入って来る、という意味なのでしょう。この本がその梟になることを願いません。反日種族主義の報いがあまりにも深甚であるので、大きく鳴いてみました。まずは始めることです。始めるのに遅いということはありません。遅ればせでも大きな討論が起きるなら、天のくださった祝福です。もしも大きな騒動が起こるなら、我々の実証と理論が我々を護る槍と楯になるでしょう。我々の拠って立つところは自由です。建国の父、李承晩が生涯をかけて歩んだ巡礼のその道です。」

 

無知を知らされた「反日種族主義」

  • 2020.02.07 Friday
  • 20:57

「劇団は今日もこむし・こむさ」その282

 

『反日種族主義』という本が韓国でベストセラーになっているということは知っていた。その本の日本語版が出て、日本でもよく読まれているらしいということも分かっていた。けれど、根が天邪鬼なのか、人が読んでいると聞くと、反対に、触手が動かなかった。

 

昨年(2019年)12月12日(木)の産経新聞に、

「韓国 反日集会に抗議 

 学者ら、慰安婦像撤去も要求」

という見出しの、写真付きの記事(60行)が載った。(名村隆寛記者の署名記事)

 

それによれば、

「韓国ソウルの日本大使館前で毎週水曜日に、慰安婦問題で日本政府を糾弾する集会が開かれているが、この集会の中止と大使館前に設置された慰安婦像の撤去を求める活動が11日、集会場の近くで行われた。」

ということだった。

 

韓国では、「慰安婦問題で日本政府を糾弾する」人々の声のほうが、圧倒的に大きいのだろうという認識が私などにはある。そんな大勢に抗して、どのような人が、糾弾集会の中止や慰安婦像の撤去を求めたのだろうか? と、関心を抱かざるをえなかった。

記事を読むと、それは、

「日韓でベストセラーとなった「反日種族主義」の共同著者で「反日民族主義に反対する会」の代表を務める落星台経済研究所の李宇衍研究委員ら」

だった。(落星台=ナクソンデ、李宇衍=イ・ウヨン)

 

案の定、李氏らは人々から罵声を浴びせられ、12月19日(木)の続報によれば、18日には罵声だけで終わらず、男に襲いかかれもしたようだ(怪我はなかったとのこと)。

……この李宇衍氏も、執筆者として名を連ねている『反日種族主義』を読まなければならないと私が思ったのは、そんな、韓国での出来事を知ったからだった。

 

『反日種族主義 日韓危機の根源』(李栄薫=イ・ヨンフン編著、文藝春秋)

インターネットで、文藝春秋BOOKSの「作品紹介」を読むと、こんな風に書かれていた。

「本書がいわゆる嫌韓本とは一線を画すのは、経済史学などの専門家が一次資料にあたり、自らの良心に従って、事実を検証した結果をまとめたものであるということだ。

その結果、歴史問題の様々な点で、韓国の大勢を占めてきた歴史認識には大きな嘘があったことが明らかにされている。そしてそうした嘘に基づいた教育が何年も積み重ねられた結果、韓国の人々の多くは誤った歴史認識を正しいものと信じ込み、反日に駆られている。

民族主義というより、意見の合わないものを力ずくでも排除する非寛容な「種族主義」が韓国には蔓延しており、それが日韓の関係を危機に陥らせている根源なのである。」

 

この紹介の通り、『反日種族主義』は緻密な研究をもとにして、諄々とつづられた書物だった。

プロローグとエピローグの間に22の、研究の結果がまとめられている。

第8章“陸軍特別志願兵、彼らは誰なのか!”で私は、恥ずかしいことながら、今まで知らないでいたことを知らされた。

 

「一九一〇年、韓国は韓日併合で帝国日本の一つの地方として編入されました。」

ここまでの知識はあったのだが……

「そして朝鮮人は、日本人に適用される日本戸籍法による戸籍ではない、別の地域藉(「籍」とは漢字が異なる←野村記)または民族藉を持つ人間と規定されました。そのため朝鮮人は、日帝の臣民にはなりましたが、正式の日本国民ではなく、参政権と兵役義務も欠如した二等国民に過ぎませんでした。」

……この、参政権と兵役義務がなかったということを、私は今回、初めて教えられたのだった。

 

兵役義務はなかったものの、「陸軍特別志願兵制」というものがあって、朝鮮人の男子は応募することが出来たとのこと。1938年から1943年の間に、募集した人員は16,500人、志願者は803,317人。志願倍率の平均は48.7倍で、狭き門だったようだ。

 

第16章“ネバ―・エンディング・ストーリー「賠償!」「賠償!」「賠償!」”では、つぎのような記述に出合った。

「韓国戦争で南韓(韓国)だけでも一〇〇万人を死亡させ、一〇〇万人を負傷させた北朝鮮に対し、ただの一ウォンでも賠償や補償を要求したでしょうか? 日本に対しては地の果てまでも追って行って賠償要求をしながら、遥かに大きな被害を与えた北朝鮮に対しては一言も発せられないというのは、正常なことでしょうか?」

……朝鮮戦争での死亡者・負傷者の数の多さとともに、韓国が北朝鮮に対して何も要求してこなかったという事実にも、驚かされた。

 

こうして、自らの無知を思い知らされながら『反日種族主義』を読み進めていったのだったが、やがて、李栄薫氏をはじめとする執筆者たちの、理性に裏打ちされた熱い思いが、文章の行間から湧きだしてくるように感じ始めた。そのことについては、あらためて書かせていただこうと思います。

 

 

 

「セブン・イヤーズ・イン・チベット」再見

  • 2020.02.03 Monday
  • 19:24

「劇団は今日もこむし・こむさ」その281

 

ふと、以前に『セブン・イヤーズ・イン・チベット』という映画を見たことを思い出して、もう一度見たくなった。

どのような内容だったか覚えておらず、ただ、2人の登場人物が窓辺で向かい合っている映像だけが記憶されているだけだった。

 

家の中に、VHSかDVDがあるかもしれないと思って探したが、無いので、TSUTAYAに行ってみた。むかしの作品なので、もうお店に出ていないのではないかと思ったが、さいわいに「あった」。けれど、どなたかが借りていて、ケースはあったものの、中身はなかった。

……日を改めてもう1度TSUTAYAに行ったら、今度は中身があったので借りることが出来た。

 

『セブン・イヤーズ・イン・チベット』

1997年 アメリカ映画

原作 ハインリヒ・ハラー

脚本 ベッキー・ジョンストン

監督 ジャン=ジャック・アノー

 

約20年ぶりに『セブン・イヤーズ・イン・チベット』を見て、唖然としたのは、自分の記憶力の乏しさだった。

映画の前半部分では、主人公(原作者=オーストリアの登山家)がヒマラヤ登山にいどむが失敗、第二次世界大戦が起きて、インドでイギリス軍の捕虜となる。しかし、収容所から脱走して、チベットに逃れる。その過程が描かれていくのだが、この部分が記憶から全く欠落していた。

 

映画の後半に入り、チベットの首都で、当時まだ少年だったダライ・ラマ14世と出会い、ブラッド・ピット演じる主人公は、ダライ・ラマの個人教授のような存在になっていく。この辺りから既視感が少しずつ戻ってきたように感じたが、それでも私は、『セブン・イヤーズ・イン・チベット』の肝心な部分を、ちゃんと記憶してはいなかった。

 

後半に、映画の重要なテーマとして、チベットと、隣りの中国との関係が浮かび上がってくるのだが、それを覚えていなかった。

平和につつまれているかに見えたチベット。だが、やがて中国軍が国境地帯に侵入し、村や僧院が荒らされるようになる。さらには、中国から3人の将軍が飛行機で乗り込んでくる。彼らは「中国の政治的主権を認めれば、(チベットの)自治権と宗教の自由を認める」と言いつつ、「宗教は毒だ!」と捨て台詞を吐いて去っていく。

そして、ついには何万人もの中国軍が、圧倒的な武力でチベットに侵攻してくる。

『セブン・イヤーズ・イン・チベット』が、こんなにも、真正面から、中国の覇権的な体質を糾弾する映画だったとは、今回再び見るまで、すっかり忘却のかなたに追いやっていた私だった。

 

映画の最後、主人公はオーストリアに帰国し、息子と共に登山をする。その切り立った峰の頂上に、主人公はチベットの国旗を掲げる。

……このラストシーンも私は覚えていなかったのだが、今回見て、強く胸を打たれた。

 

物語が終わり、カメラが山脈を映しながら、だんだんと後退していくスクリーンに、つぎの言葉が浮かんでくる。

「中国の侵攻で100万のチベットの民が死に 6千の僧院が破壊された」

「1959年ダライ・ラマはインドに亡命 今も中国との和平に努力している」

「1989年にはノーベル平和賞を受賞 ハインリヒ・ハラ―との友情は今も続いている」

 

私が、なぜ『セブン・イヤーズ・イン・チベット』を思い出したのか?

それは、「中国」のせいに違いない。

「一国二制度」を旗印に、中国は香港や台湾を呑み込もうとしている。

また、2019年11月には。新疆ウイグル自治区で、中国政府がウイグル族を強制収容している実態があばかれた。

 

もし、そんな香港や、台湾や、新疆ウイグル自治区に思いを馳せるのであれば、チベットのことを忘れていていいのか? と、今日この頃の世の中の状況が、私に、『セブン・イヤーズ・イン・チベット』を思い出させてくれたのだと思う。

 

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