感染対策を施して上演された「赤鬼」

  • 2020.08.02 Sunday
  • 21:45

「お芝居つまみ食い」その302

 

2020年7月24日〜8月16日

主催 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京芸術劇場・アーツカウンシル東京/東京都

東京演劇道場

作・演出 野田秀樹

『赤鬼』

東京芸術劇場 シアターイースト

 

野田秀樹が「コロナウィルス感染症対策による公演自粛の要請を受け」、「公演中止で本当に良いのか」と題する意見書を出したのは、2020年3月1日だった。

それから5か月弱を経て、野田秀樹作・演出のお芝居『赤鬼』(1996年初演)が上演されると知り、これはぜひ見なければならないと思った。

 

野田秀樹は「意見書」で、「感染症の専門家と協議して考えられる対策を十全に施し、観客の理解を得ることを前提とした上で、予定される公演は実施されるべきと考えます。」と書いていた。

その「対策」とはどのようなものか、知りたかった。

野田秀樹のお芝居は1作しか見たことがないので、これを機会に見ておきたいという思いもあった。

 

私が東京芸術劇場に出かけたのは、7月31日だった。開演は午後7時だが、開場は6時15分となっていた。開演の30分前というのが普通だが、45分前になっていた。……その理由は、劇場に着いて、エスカレーターで地下に降りて行ったところで分かった。

 

チケットには「全席自由」とあり、整理番号が印字されていた。

シアターイーストの入り口に女性が立っていて、「整理番号〇〇番の方はいらっしゃいますか?」と、声をかけていた。

1番から順番に番号が言われ、呼ばれた番号の人から中に入っていく。自分の番号が呼ばれたあとで来た人は、最後まで待つことはなく、チケットを見せて、すぐに入っていく。

このような方法をとっているのは、入場の際、入り口付近で人が混雑するのを避けるためだと分かった。

(ただ、シアターイーストの場合、入り口の前に広々とした空間があるので、この方法が可能になるように思った。入り口の前に狭い空間しかない劇場だと、待っている人が密集してしまうことになる。)

 

チケットの半券は自分でちぎって箱に入れ、入場。

パンフレットは手渡されるのではなく、テーブルから各自が持っていく。

ロビーを抜け、扉の中に入る所で、靴底の汚れをぬぐうマットを踏む。

中央の舞台を、四方から、階段状の座席が囲む形。座席は可動式の(パイプ椅子より上等な)一人掛けの椅子。それが市松模様に配置されている。

 

ちょっと異様に感じたのは、中央の舞台と、周囲の観客席の間に、近頃よく見かける透明なビニールが吊られていたこと。

なるほど、観客全員が一方向から見る、普通の舞台ではないので、舞台の四方をぐるっとビニールで囲む必要があるのだと理解した。

 

パンフレットには、「感染症拡大防止の対策とお願い」というA4の紙が添えられていた。

  • 上演中を含め、会場内ではマスクご着用にご協力ください。
  • 会場内での、咳エチケットにご協力ください。
  • ロビーや客席内でのお客様同士の会話はなるべくお控えください。
  • 一度おかけになられた座席からのご移動はお控えください。
  • 終演後は、混雑緩和のため、順番にご案内させていただきますので、係員の誘導があるまでお席にてお待ちください。
  • ご観劇後に、新型コロナウイルスへの感染が確認された場合は、すみやかに劇場までお知らせください。

……など、8項目の「対策とお願い」が書かれていた。

観客同士の会話が全く無いせいか、場内は整然としていて、厳粛な雰囲気がした。シーンと静まり返った開演前の劇場を初めて経験した。

 

『赤鬼』には、白い衣裳を着た16人の人間と、赤い衣裳を着た1人の赤鬼(赤鬼と言われ、話す言葉は違うが、同じ人間に変わりはない)が登場する。

「赤鬼」という表現から、私はこのお芝居は寓話なのだと思った。

 

パンフレットの、東京芸術劇場の「ごあいさつ」という文章の中にこうあった。

「『赤鬼』が描くのは人間の持つ他者への不寛容さ、差別や偏見、そして奇しくもこのコロナ禍を生きる我々がまさに直面している「未知なる存在との共生」です。約四半世紀前に書かれた作品が、国の境も時の境も越えた普遍性を持ってよみがえります。」

 

『赤鬼』を見て、「他者への不寛容さ」を感じるのか? 「差別や偏見」について考えるのか? 「未知なる存在との共生」の問題ととらえるのか? それともまた別の見方ができるのか? それは見る人によって異なるのだろう。

 

「ごあいさつ」の中に「普遍性」という言葉があった。

まさに、この、寓話的なお芝居には「普遍性」があるので、観客はいろいろに解釈し、自分流の見方をすることが可能だ。

 

お芝居が終わったとき、私の中で『赤鬼』はまだ終わっていなかった。私は『赤鬼』を見て、自分なりの「何か」をつかむことが出来なかった。「他者への不寛容さ」と言われればそうかもしれない。「差別や偏見」の問題と言われれば、そうだろう。しかし、私の胸に突き刺さったり、じんわりと覆ったりしてくる、「何か」が無かった。

 

……ところで、舞台と観客の間に吊られていたビニールは、お芝居が始まり、照明が点くと、全く気にならなかった。

ビニールに、照明のかげんで、ときに映り込んでくる演者の姿や、ビニールの向こうに座っている白いマスクのお客さんたちの姿が、何か、思いもよらないものを表しているような気がして、興味深かった。

感染対策のビニールが、お芝居に不思議な効果を与えていたことが、妙に心に残っている。

 

三浦春馬氏ー大きな才能の喪失

  • 2020.07.28 Tuesday
  • 22:57

「お芝居つまみ食い」その301

 

2020年7月18日、三浦春馬氏が亡くなった。

青天の霹靂という言葉があるが、まさに、青く澄みわたった空がにわかに黒い雲に覆われてしまった感じがした。

 

私が三浦春馬氏の舞台を初めて見たのは、2015年5月、シアターコクーンの『地獄のオルフェウス』だった。(作 テネシー・ウィリアムズ、演出 フィリップ・ブリーン)

三浦春馬氏はヴァル・ゼイヴィアという役を演じた。この役は、映画ではマーロン・ブランドが演じている。そのキャスティングからも分かるように、ヴァルは野性味のあふれた男性だ。

 

ヴァルは30歳。それを三浦春馬氏は25歳の時に演じた。

さわやかな好青年のイメージを持つ三浦春馬氏は、5歳年上の男くさいヴァルという人物を、役者として、全神経を使って演じていた。発声の仕方、表情、立ち居振る舞い……すべてに気を配って、自分の持ち味とは違うヴァルという男を演じ切っていた。

 

『地獄のオルフェウス』のパンフレットに、三浦春馬氏はこんなことを書いていた。

「30歳だけど、彼は彼なりにそれまで生きてきた時間の中で、痛みというものを直視してきた。その経験から来る言動に、人としての深みを感じます。僕自身は30歳まであと5年、自分も深みのある人間になりたいなって思いますね。」

 

ヴァル・ゼイヴィアが、ギターを弾きながら歌をうたう場面がいくつかあった。演技力だけではなく、三浦春馬氏が、見事な歌唱力を持っていることを知らされたのも、『地獄のオルフェウス』だった。

 

その歌の上手さは、2016年の7〜8月、新国立劇場で『キンキーブーツ』のローラを演じた際にも、いかんなく発揮された。(脚本 ハーヴェイ・ファイアスタイン、音楽・作詞 シンディ・ローバー、演出・振付 ジェリー・ミッチェル)

 

『キンキーブーツ』では、歌唱に加えて、ダンスの素晴らしさをも観客に見せつけ、ミュージカル俳優としての比類ない力量を顕現してみせた。

三浦春馬氏は、「シアターガイド」の2016年8月号で、こう語っていた。

「ローラはこの物語のヒーローとして現れますが、その存在の仕方がユニークな上にもう圧倒的なんです。ドラァグクイーンの頂点を目指している人だと思うので、仕草ひとつ、どの角度から見ても美しいのは最低条件として、過去の苦しみや歩んできた人生までもが垣間見えるようにしたい。」

この言葉は、舞台上で実現されていたと言える。

 

つぎに三浦春馬氏の舞台を見たのは、2019年1月、シアターコクーンの『罪と罰』だった。(原作 ヒョードル・ドストエフスキー、上演台本・演出 フィリップ・ブリーン)

この舞台の演出は、『地獄のオルフェウス』と同じフィリップ・ブリーンによるものだった。上演台本も含めて、演出の手法に疑問があって、私は途中で退出してしまった。

 

……こうして、三浦春馬氏の3つの舞台を振り返ってきて、私は、ある夢想をしている。

 

三浦春馬氏は30歳で亡くなってしまった。

30歳といえば、ちょうど、『地獄のオルフェウス』のヴァル・ゼイヴィアの年齢。

「僕自身は30歳まであと5年、自分も深みのある人間になりたいなって思いますね。」と言っていた、よりによってその年齢で、三浦春馬氏は死を選択してしまった。

 

もし、今、『地獄のオルフェウス』を再演し、30歳の三浦春馬氏が再びヴァルを演じたとしたらどうだろうか?

『キンキーブーツ』でドラァグクイーンを演じて客席を圧倒した三浦春馬氏。その演技・歌唱・ダンスは凄みさえ伴っていた。性を超えた美しさがあった。その凄みや魅力が加わって、30歳の三浦春馬氏は、より進化したヴァル・ゼイヴィア像を創出できたのではないだろうか?

 

こんな夢想をしていると、なおさらに、大きな才能を失ってしまったということに、うちひしがれる思いがする。

自分の作品を演じるという行為

  • 2020.07.27 Monday
  • 21:13

「お芝居つまみ食い」その300

 

「小説についての小説」その196は、恩田陸の小説『蜜蜂と遠雷』を楽しく読んだことを綴らせていただいた。

国際ピアノコンクールで第1位を獲得した、「マサル」というピアニストが密かに抱いているという「野望」についての話も、新鮮で興味深かった。

どのような「野望」かというと、「マサル」は、過去に有名な作曲家たちが作った曲を演奏するだけでなく、新しいピアノ曲を自ら創作し、それを聴いてもらえるようなアーティストになりたいという「野望」を持っているのだった。

 

『蜜蜂と遠雷』を読んで、クラシック音楽の世界では、たとえ名演奏家であっても、自分が作った曲を聴衆に向けて演奏する機会は、どうやら無いらしいということを知った。(だから、演奏家としてだけでなく、作曲家としても認められるようになりたいという「マサル」の目標は、現時点では「野望」なのだった。)

 

で、私が、ふと思ったのは、演劇の世界ではどうだろうか? ということだった。

自分で戯曲を書いて、その戯曲の中で重い役割を持っている登場人物を、役者として演じている例はあっただろうか……と、振り返ってみた。

 

すぐに思い浮かんだのは、独り芝居だった。自作の戯曲を、一人で演じている先人の姿が、ひとつ、ふたつと浮かんできた。

だが、独り芝居でなければ、どうだろうか?……演出と演技を兼ねている事例はたくさんあるが、戯曲と演技を兼ねている先人の姿は思い浮かんでこなかった。

 

……と書いたのが、2020年7月20日のことだった。

それから1週間、その間に、まず、今井雅之のことを思い出した。

 

2015年に、大腸癌のために、54歳という若さで亡くなってしまった今井雅之。特攻隊を主題にしたお芝居を書き、自ら主演していたはず……という記憶がよみがえってきた。

調べてみると、それは『THE WINDS OF GOD』というお芝居で、長い期間に亘って数十回の再演をおこない、ドラマや映画としても制作されていた。

 

つぎに思い出したのは、7月20日の時点で、すぐに思いつかなければならなかった名前だったかもしれない。

野田秀樹。「劇団夢の遊眠社」、そして演劇企画制作会社「野田地図(NODA MAP)」へ、……半世紀近く、劇作家であるとともに、演出家であり、演技者であり続けている。

 

私がその名前をすぐに思いつかなかったのは、野田秀樹のお芝居の良い観客ではないからに違いない。

私が見た野田秀樹のお芝居は、たった1つ、2013年の10月〜11月、東京芸術劇場で上演された『MIWA』しかない。

宮沢りえ、瑛太、井上真央、小出恵介、浦井健治、古田新太……、というもったいないようなキャスティングの上演で、野田秀樹は勿論、作・演出、そしてオスカー・ワイルドならぬ「オスカワアイドル」を、ひょうひょうと、自由気ままに演じていた。

 

そして3人目に浮かんできたのは、長塚圭史だった。

長塚圭史は1996年に演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を結成、2011年からは「阿佐ヶ谷スパイダース」とは別に、「葛河(くずかわ)思潮社」の公演もおこなってきた。

と同時に、俳優として、ドラマや映画にも出演している。

 

長塚圭史作・演出、そして出演の舞台を私が初めて見たのは、2013年5月、シアターコクーンの『あかいくらやみ〜天狗党幻譚〜』だった。

小栗旬、小日向文世、白石加代子も出演していた舞台だったが、長塚圭史の演技も含めて、印象はぼやけている。

 

2019年9月には、鶴屋南北の「桜姫東文章」をもとにした、『桜姫〜燃焦旋律隊殺於焼跡(もえてこがれてばんどごろし)〜』を吉祥寺シアターで見た。(といっても見たのは前半の1時間30分だけで、後半の1時間は見なかった。)

このお芝居は「葛河思潮社」ではなく、「阿佐ヶ谷スパイダース」としての公演だった。

「阿佐ヶ谷スパイダース」としても、新出発の公演であったようで、集団としての熱が感じられる舞台だった。

長塚圭史の演技は、『MIWA』の野田秀樹同様、やりたいようにやっているように見えた。

 

「戯曲を書いた人間が、演技もする」

そんな芝居は多くはないように思う。

もし見る機会があれば、そこにはどんな困難や、落とし穴や、意味があるのか? 今後は注目して見ていきたいと思っている。

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