軽妙だが重いー西加奈子「韓国人の女の子」

  • 2019.07.23 Tuesday
  • 15:13

「小説についての小説」その173

 

―西加奈子氏の短編小説『韓国人の女の子』について、書かせていただいています。細かい内容に触れておりますので、これから『韓国人の女の子』をお読みになるご予定の方は、小説を先にお読みください。―

 

「文藝」が2019年秋季号で「韓国・フェミニズム・日本」という特集を組んでいる。

対談やエッセイとともに、短編小説も多く掲載されていて、その中の1編、西加奈子の『韓国人の女の子』がいいと思った。

 

11ページの小説。大阪弁。難しい言葉遣いは無く、全体的に軽い感じがするのに、実は「重かった」。

 

視点人物は40歳の「ハナ」。「結婚をせずに子供を産んだことを書いたエッセイが思いのほか売れ、それからちょこちょこテレビに呼ばれるようになった」エッセイストだ。

 

大学生のとき、「ハナ」は「ガク」と知り合った。

飲み会で酔っ払って、その帰り道で痴漢に遭った。震える手で「ガク」に電話をすると、「ガク」はソアラでやってきて、南港に「ハナ」を連れていく。

そのときの描写がいい。

 

「ソアラを降りても、二人とも何も喋らなかった。東の水平線から太陽が昇ってきて、それはまるっきり馬鹿みたいな明るい光で、私より先にガクが泣いた。」

 

特に「私より先にガクが泣いた。」がいい。どうして泣いたのか分からないけれど、なんだか分かるような気がしてしまうのが、いい。

 

そのあと、2人はどうなったのか?

「そのままガクはうちに来た。そして、帰らなかった。」

「ハナ」が住む、6畳一間のマンションで一緒に暮らすようになる。

 

2人は口が悪かった。愛情を表現するときも、こんな調子だった。

「ハナ好きやでどついたろかこのオメコ。」

「うちも好きやでイテコマしたろかチョン。」

……「ガク」は在日朝鮮人だった。

 

2人はよく喧嘩をした。

「お前に在日の気持ちは絶対に分からん。」

「あんたに女の気持ちは絶対に分からん。」

 

そこで2人は、喧嘩をしないよう、ある「回避策」を編み出す。

「在日の気持ちが絶対に分からない私」と、「女の気持ちが絶対に分からないガク」の中間の存在として、「韓国人の女の子」を設定することにしたのだ。

「慈愛に満ちた微笑み」を浮かべると、それは「韓国人の女の子」になったという合図で、どちらかが「韓国人の女の子」になったら、もう1人も「韓国人の女の子」になるというルールを作って、お互いに争わないようにしたのだ。

 

これで、うまくいくかと思われたが、2人の同棲は1年で終わった。

別れ話のときも、「ハナ」よりも先に、「ガク」のほうが泣きだした。

「お前とおるのしんどい。」……と。

そうして、「ハナ」は大学を辞め、一人で東京に出てきた。

 

……それから20年近く経って、「ハナ」は仕事で大阪に帰ったときに、昔の友達から、「ガク」が結婚をして、「帰化」したということを聞かされる。「私」=「ハナ」は思う。

「ガクが帰化した。

 ガクが日本人になった。

 私たちの間にいたあの『韓国人の女の子』が、いなくなってしまった。」

 

そして、こうも思う。

「私たちは間違っていた。私たちは若かった。

 正直、韓国人の女の子がどういうものか分かっていなかったし(韓流アイドルなんてその頃はまだいなかった)、きっと私たちの振る舞いそれ自体が女性蔑視で外国人差別だった。お互いを『オメコ』『チョン』と呼び、喧嘩の時はそれを盾に罵り合って、都合の悪いことには蓋をした。蓋をし続けた。」

 

しかし、それでは、若い日に、「ハナ」と「ガク」は、いったいどうすればよかったのだろうか?

 

さらに、「私」=「ハナ」はこう考える。

「それでも、今の私には『韓国人の女の子』を作ることは出来ない。その事実だけでもう、あの頃より今の方が間違っているような気がする。」

 

……20年前に、「ハナ」と「ガク」が作り出した「韓国人の女の子」に代わる何かが、今、在り得るのだろうか?

この小説が「軽い」ように見えて「重い」のは、その現実が突きつけられているからなのだろう。

 

「文學界」2019年8月号のエッセー

  • 2019.07.18 Thursday
  • 15:03

「小説についての小説」その172

 

文芸雑誌を読む愉しさは、もちろん小説が読めるからだが、エッセーを読めることも、その魅力の一つだ。「文學界」2019年8月号を読んでいて、「これは」と思うエッセーに幾つか出会った。

 

石倉真帆という方のエッセーの題名は、「向田さん、野坂さん、U.S.A.」だった。

「向田さん」?「野坂さん」?「U.S.A.」?……どういう取り合わせなのだろう、と思った。

 

「昨年、ダパンプの『U.S.A.』が大ヒットした。老若男女、振り付けを真似して盛り上がる姿が普段Jポップに関心がなくとも見ていて楽しいものである。」……という書き出しだった。

 

書き出しに続けて、石倉真帆氏は「しかし私は胸が苦しく哀しかった。」と記している。

どうして「胸が苦しく哀しかった」のかというと、向田邦子と野坂昭如の作品が思い出されたからだった。

空襲体験が綴られた向田邦子の随筆。銃後の人々の死を描いた野坂昭如の小説。

向田さん、野坂さん、「ご存命ならどのような心持になられただろうか。私はこの歌を耳にするたびそればかり気になった。」と石倉氏は書いていた。

「ダパンプや楽しんでいる人達を批判する気は全くない」けれど。

 

私はといえば、……テレビで、みんなが一緒に踊っているのを何度か目にしたが、石倉氏のように深く考えることはなかった。

氏はどういう人なのかと思って、巻末の「執筆者紹介」の欄を見てみたら、なんと、ついこの間『そこどけあほが通るさかい』で群像新人文学賞をとった人だった。『そこどけあほが通るさかい』については、このブログでも書いていたのに、名前を失念していた。(耄碌)

 

 

三国三千子氏は「2019年からの手紙」と題するエッセーを書いていた。

「私はシンパではない。

 これを私はまず申し上げたい。特定の政党や、宗教、団体などを後押しする者ではない。」

と断った上で、宮本百合子の『伸子』を愛読してきた、と述べていた。

 

三国氏は『伸子』(1924年〜1926年、「改造」に発表された長編小説)について、紹介したのち、こう書いていた。

「家庭というもの、社会、いや世間というものにおける「女」のあり方が宮本百合子以来何か変化し、前むきなものとして進歩したのか。男に同等に並ぶという意味ではなく、女として、もちろん男も、男女の区分けに入れてくれるなという人々もぜんぶが、生きる時に生じる困難が、幾分ゆるやかになったのだろうか。今、2019年に生きる私は疑問に思う。」

 

文芸雑誌で宮本百合子の名前を目にすることはあまり無いことなので、少しばかりの「驚き」があった。しかし、三国三千子氏も言うように、宮本百合子の仕事は、その属した党派が何であろうと、評価すべきものは評価すべき作家だと私も考える。

40年以上も前に『伸子』『二つの庭』『道標』などを読んだことを思い出した。調べたら、それらの古い本が書棚にまだ在った。湯浅芳子の『百合子の手紙』と題する往復書簡まで在った。今のところ読み返す予定は無いが、いつか読み返す日が来るような気がする。

 

 

もう1編、金井美恵子氏が「首の行方、あるいは……(四)」というエッセーで、三島由紀夫について書かれていたのが、大変に興味深かった。

「首の行方」という言葉から、すぐ連想される、三島由紀夫が1970年に起こした行動。

あの行動を、大江健三郎、大岡昇平、石原慎太郎……など、文学者たちが、どのように受け止めてきたのか、追究してくれていた。

……このことについては、日をあらためて書かせていただきます。

「ヤクルト・スワローズ詩集」は存在するのか?

  • 2019.07.16 Tuesday
  • 20:42

「小説についての小説」その171

 

「文學界」2019年8月号に掲載された、村上春樹の短編小説。

 “ウィズ・ザ・ビートルズ With the Beatles”のつぎに読んだ、“「ヤクルト・スワローズ詩集」”はとても読みやすかった。

 

「村上春樹」の作品は、あくまでも私の感覚だが、どれも「しゃれた感じ」がする。有名なブランドの洋服屋さんに入った感じがして、場違いなところに踏み入れてしまったようで、落ち着かない。けれど、“「ヤクルト・スワローズ詩集」”には、「しゃれた感じ」が無くて、落ち着いて読めた。

 

視点人物は「僕」。この「僕」は、作者が創造した誰かではなくて、「僕」=「村上春樹」であるらしい。等身大の「村上春樹」が書かれているので、「しゃれた感じ」がしなかったのかもしれない(自分のことを「しゃれた感じ」では書けないだろうから)。……つまりは、普通の「私小説」と変わらない書き方がされているので、私にも読みやすかったのだろう。

 

ユーモアがあって、それも良かった。

東京に出てきた「僕」は、神宮球場でサンケイ・アトムズ(ヤクルト・スワローズの前身)を応援することに決める。その理由は、神宮球場が、住んでいた場所から最短の距離にあったからだと書いたあとで、「僕」はこんな風に言う。

「純粋に距離的なことをいえば、本当は神宮球場よりも後楽園球場の方が少しばかり近かったと思うんだけど……でも、まさかね。人には護るべきモラルというものがある。」

……こんなユーモアが散りばめられている。

 

神宮球場の外野席で、スワローズのたくさんの負け試合を見ながら、「僕」は暇つぶしに詩のようなものをノートに書き留めていた。

のちに、小説家としてデビューしてから、「僕」=「村上春樹」は『ヤクルト・スワローズ詩集』という本を自費出版したという。印刷部数は500部で、その全部に「村上春樹」とサインしたそうだ。

 

その詩集の中から「右翼手」「鳥の影」「外野手のお尻」の3編が紹介されている。

「これをはたして詩と呼んでいいのかどうか、僕にはわからない。これを詩と呼んだら、本物の詩人たちは腹を立てるかもしれない。」と、「僕」は書いている。

もちろん私は「本物の詩人」ではないので、腹を立てる権利は全くないのだが、3作品とも、詩というようりも、散文に近いように感じた。

 

上の3つの詩以外に、もう1編、『ヤクルト・スワローズ詩集』を出版したあとに書いたという詩も、紹介されていた。その「海流の中の島」と題する詩の、最後の3行はこうだ。

「故郷からずいぶん遠く離れてしまったものじゃないか、と

海流の中の小さな孤独の島で

僕の胸は静かにうずく。」

私はこの作品には、詩を感じた。(さっきから偉そうなことを言っています。お許しください。)

 

小説“「ヤクルト・スワローズ詩集」”を読み終わる頃、私は「もしかしたら?」と思い始めた。

私は、よくある「私小説」として“「ヤクルト・スワローズ詩集」”を読んできたが、「実はそうではないのでは?」と、ふと感じたのだ。

「僕」=「村上春樹」は昔、『ヤクルト・スワローズ詩集』を半ば自費で出したと書いていたが、実は『ヤクルト・スワローズ詩集』など、この世に存在してはいないのではないか? そう思ったのだ。

 

そう思いつくと、そのほうが、いかにも「村上春樹」らしいいような気がしてきた。

『ヤクルト・スワローズ詩集』そのものが、「村上春樹」のユーモアなのだ。彼の「仕掛け」「マジック」なのだ。……そうだ。きっと、そうに違いない。

 

「村上春樹」に詳しい方ならば、その辺の事実関係はご存じだろう。

『ヤクルト・スワローズ詩集』は実在するのか、否か。

私自身、調べようと思えば、調べられるのかもしれない。

けれど、それはしたくないと思った。

『ヤクルト・スワローズ詩集』の存在が、作者の創作によるものであると考えていたほうが、面白く、「しゃれた感じ」がするからだった。そんな「しゃれた感じ」は、悪くないように感じるからだった。

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