イム・シワンの変化ー「名もなき野良犬の輪舞」
- 2018.06.17 Sunday
- 23:47
「お芝居つまみ食い」その232
2018年5月5日 全国公開
2017年 韓国映画
脚本 ビョン・ソンヒョン/キム・ミンス、監督 ビョン・ソンヒョン
『名もなき野良犬の輪舞(ロンド)』
新宿武蔵野館
イム・シワンが出演していると知って、映画『名もなき野良犬の輪舞』を見に出かけた。
映画『戦場のメロディ』(2015年)を見たときには、イム・シワンの役どころが、それまでのかよわい「弟」的なキャラクターから、頼れる「兄」的な存在に成長・変化していた。今度の『名もなき野良犬の輪舞』では、どのような人物を演じているのか、期待感があった。
イム・シワンは、さらに変化を見せていた
その「変化」については、ビョン・ソンヒョン監督が、パンフレットのインタビュー記事の中で、
「シワンさんは優等生のイメージがあったので、監督は堕落した姿を見せたいと思っていたと聞いたのですが、シワンさん自身も変わりたいと思っていたんでしょうか。」
という質問に対して、こんな風に答えている。
「シワンさんがこのシナリオを読んで、僕と一緒に仕事をしたいと思ってくれた理由が正にそこではないかと。自分を変えてほしい、変わりたいという気持ちがあったから出演してくれたんだと思います。」
イム・シワンが演じたヒョンスという若者は新入りの囚人。……たしかに、これまでの役柄と違っている。(映画『ワンライン』⦅2017年⦆では詐欺師を演じていたが)
このヒョンスに目をつけたのが、同じ刑務所にすでに服役していた、ソル・ギョングが演じる中年のヤクザ、ジェホ。麻薬密売組織のナンバー2だ。
ヒョンスがケンカをして顔に痣をこしらえると、その痣を見て、ジェホがさらっと吐く「痣まで奇麗だな」というセリフが耽美的だ。
この映画、はじめのうちは時系列に従って進んでいかない。刑務所内の場面と、刑務所を出たあとの場面とが、錯綜して映し出される。
この点についても、ビョン・ソンヒョン監督はこう語っている。
「私は時間通りに物語を進めるよりも、時系列が交錯するスタイルを好みます。この作品でも、複数の時間軸を並行して展開させながら、決して噛み合わない2人の主人公の信頼を描きました。」
監督さんはそう言うものの、(私には)映画が始まってしばらくの間、話の展開がつかみにくかった。
ところが、氷が融けるように感じた瞬間があった。
それは、まだ刑務所の中に2人が居るとき、ヒョンスが、ジェホに、自分が囚人を装った潜入捜査官だということを打ち明ける場面だった。
潜入捜査官といえば、香港映画の『インファナル・アフェア』三部作(2002年〜2003年)を懐かしく思い出すが、この『名もなき野良犬の輪舞』では、なんと、潜入捜査官自身が、潜入先となるべき麻薬密売組織のナンバー2に、自分の身分を明かしてしまうのだ。
『インファナル・アフェア』で潜入捜査官を演じたトニー・レオンもびっくりのストーリーだろう。
ストーリー的には驚きだが、このことによって、潜入捜査官と組織のナンバー2が組んで、組織ののっとりを図るという構図が明確になり、この場面以降、映画がぐんぐんと前に進み出したように感じた。
ということで、イム・シワンはこの映画で、囚人だけでなく、ヤクザをも演じることになり、役柄の幅がぐんと広がった。
「優等生」的に受け止められていたイム・シワンは、この映画で変わろうとした。
そして確かにイム・シワンは、たとえば『戦場のメロディ』の頼れるお兄さん的な存在から、一匹の「男」へと大きく成長をとげたと言えると思う。
しかし、囚人にしても、ヤクザにしても、それは本当の姿ではない。真の姿は警察官なのだ。そこが、やはりイム・シワンの演じる役らしいところだ。
映画の最後の最後、ヒョンスがジェホを殺害してしまうという大団円が待っている。
なぜ警察官であるヒョンスがヤクザのジェホを殺害してしまうのか。それには、ヒョンスの母親をジェホが殺したという事実を知ったからだった、という理由がついている。
ヒョンスがジェホを殺害するのは無惨なことではあるけれど、それは仕方のないことだったと、観客に納得してもらう用意がされているのだ。
それもまた、イム・シワンが演じるのに適したストーリーなのかもしれない。
イム・シワンにとって、この映画が、兵役前の最後の作品なのだそうだ。
兵役を終えたのちのイム・シワンは、またもう一つ変化した姿を見せてくれることだろう。