「僕たちは希望という名の列車に乗った」で揺さぶられた感情

  • 2019.06.10 Monday
  • 20:41

「お芝居つまみ食い」その273

 

2019年5月17日 日本公開

原作 ディートリッヒ・ガルスカ、監督・脚本 ラース・クラウメ

『僕たちは希望という名の列車に乗った』(原題 The Silent Revolution

ヒューマントラストシネマ有楽町

 

1945年、ドイツは日本と同じく戦争に負けた。

日本は国を分割されなかったが(とは言っても、小笠原や沖縄などが返還されるまでには、長い時間を要したけれども)、ドイツは東西に分断された。

 

その、東西ドイツ分断の象徴とも言える「ベルリンの壁」は、戦後すぐに築かれたというイメージがあったが、今回、映画『僕たちは希望という名の列車に乗った』のパンフレットを読んで、壁が築かれたのは1961年のことだったということを知った。

 

『僕たちは希望という名の列車に乗った』は「ベルリンの壁」が構築される5年前、1956年の話だった。その時代の出来事だということにも興味を抱いたが、さらに、東ドイツ側の人々が描かれていることにも関心を抱かされた。

 

映画は2006年に発表された書物『沈黙する教室』をもとにして創られたということだ。

原作者は1939年生まれのディートリッヒ・ガルスカ。若き日に、級友たちと共に、東ドイツから西ベルリンに逃亡した事実を記した本らしい。

映画のシナリオを書いたのは、監督のラース・クラウメだ。

 

1956年の東ドイツ、スターリンシュタットの高校に通う、19歳の高校生たちの物語。

市議会議長の息子のクルトと、その親友テオ(製鋼所の労働者の息子)。家庭環境の全く異なる、この2人を中心にして、話は進んでいく。

 

東ドイツの若者といっても十人十色であろうけれども、クルトとテオは両人とも型にはまらない生き方をしている、いわゆる「若者」らしい若者だ。

だから2人は、東ドイツの町から列車に乗って、西ベルリンの自由な空気を吸収しに行ったりする。

 

だが、「ベルリンの壁」がまだ築かれていなかったといっても、東ドイツと西ドイツの間を自由に往来できる訳ではない。列車に乗って西ベルリンに行くには、検問をパスしなければならない。映画は、その厳しい検問の場面から始まっていく……。

 

 

『僕たちは希望という名の列車に乗った』を見て、2つの感情に揺さぶられた。

 

ひとつは、自由への希求というのか、渇望というのか、人間としてこうありたいと願う思い、その強さのようなものを目の当たりにして、心が踊るような気がした。

 

それは、クルトとテオが西ベルリンの映画館に、こっそりトイレの窓から侵入したときに、上映されていたニュース映画の画面だった。

実写なのか、この映画のために再現されたものなのか分からないが、いわゆる「ハンガリー動乱」で、民衆が行動する姿をとらえた映像だった。

 

東ドイツの『僕たちは希望という名の列車に乗った』の物語も1956年。隣国ハンガリーでの動乱も1956年。同時期の出来事なのだった。

 

1949年生まれの私は、「ハンガリー動乱」についてほとんど知らないままに今日まで来ている。

映画のパンフレットには、こんな解説が載っていた。

「1956年10月22日、ブタペスト工科大学の学生たちが、報道の自由、言論の自由、国家の独立、自由な選挙、ソ連の撤退を要求する手紙を書いた。1956年10月23日、デモ行進は非暴力で行われていたが、政府軍が平和的なデモ隊に発砲したことで、暴動や抗議行動が国中に広がった。(略)」

 

映画を見る前にハンガリー動乱についての予備知識は無かった。

しかし、予備知識が無くても、映画に映し出されたハンガリーの民衆の姿には、胸を熱くするような力があった。

 

もうひとつの感情は、厳しい選択を迫られたときに、人は何を守るべきなのか、懊悩を経て、決断に至ろうと必死にもがく人々の姿を目撃し続けていたときの、辛い思いだった。

 

ハンガリー動乱のニュースは、クルトとテオにも影響を与えた。彼らは高校の同級生たちに、ハンガリーで命を落とした民衆のために、黙祷を捧げようと提案をする。そして、実行する。

これが大きな問題となり、しまいには国民教育大臣までもが高校にやってくる事態へと発展する。

ハンガリーで蜂起した民衆に対して、同じ社会主義国家である東ドイツの国民が、黙祷をするなどということは決して許されない行為なのだった。

東ドイツ当局は、同級生たちに対して、「黙祷を扇動した首謀者は誰なのか? 白状しなければ高校を卒業させない」と言って迫ってくる。

 

首謀者が誰だったのか、当局の尋問に答えることは、友人を売ることだ。

友人を売って、自分の将来の安寧を守ろうとするのか? 否、体制に屈しないで、正しいと思える途を選ぶのか? 人生において、そう何回もおとずれることは無いだろう大事な瀬戸際に立たされて、若者たちは苦悩する。その心中を察して、映画を見る側も、苦しい時間を過ごすことになる。

 

そうして、彼らが選んだのは……。

そのために、彼らのクラスは当局によって強制的に閉鎖されることになる。彼らが、正しいと思うほうの途を選んだからだった。

 

その結果、『僕たちは希望という名の列車に乗った』という状況が生まれることになった。

同級生のほとんどが、東ドイツを捨て、西ドイツに逃走する途を選択したのだ。

 

ラース・クラウメ監督には、同じく実話をもとにした『アイヒマンを追え! ナチズムがもっとも畏れた男』(2016年)という作品があるそうだ。ぜひ見たいと思う。

 

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