「機械と音楽」晴れないもやもや

  • 2019.06.15 Saturday
  • 13:53

「お芝居つまみ食い」その274

 

2019年6月12日〜18日

serial number 02

作・演出 詩森ろば

『機械と音楽』

吉祥寺シアター

 

「serial numberの芝居が見られる」……楽しみにして吉祥寺に出掛けた。

 

劇場に入ると「どうだ」とばかりに装置が姿を現わしている。

工事現場で目にしそうなスチールの管や足場を使って、立体的に構成されている。

役者が登場したり引っ込んだりする場所も、奥、脇、天井近くと、沢山ありそうだ(秘密基地めいた楽しさ)……。そんな風に装置を眺めているとやがて開演時間になった。

 

正面奥に、真っ赤な照明に照らされた黒い群像。

紗幕がするすると上がると群像は動き出し、舞台前面に向かって、歩調をそろえ迫ってくる。……圧倒されるような幕開きの演出だった。

それ以降も、よどみのない演出と演技によって、舞台はなめらかに進んでいった。

 

ふと時計を見ると、ちょうど1時間が経過していた。(上演時間は2時間10分)

そのころから、「このお芝居は何のためにやっているのだろう?」という疑問が湧いてきた。

 

主人公はイヴァン・レオニドフ。私は全く知らなかったが、チラシの解説によれば、こんな人だそうだ。

「ロシア革命とともに隆盛し、スターリンの圧政で途絶えた芸術運動ロシア・アヴァンギャルド。『生活の機械化(共産化)』を掲げ、政治や恋愛、生き方までも芸術の力で変革しようと試みた。その旗手となったのが、構成主義の建築家たちであった。無駄を排除し、個人所有を最小限に止めるデザインでかつて存在しなかった美を創出した構成主義建築。その中でも天才と呼ばれたのがイヴァン・レオニドフである。」

 

芝居の比較的はじめの頃、イヴァン・レオニドフが妻(そのときはまだ恋人?)に向かって、自分が設計しようとする集合住宅について語るところがあった。

彼の設計では、「家族」を単位として考えないのだと言う。家族ごとの家(部屋)はつくらないのだと言う。

男は男だけで、女は女だけで、それぞれ6人ずつの部屋に入る。子供には子供だけの部屋をつくる。そうして無駄を無くして出来た広い空間に、図書室や映画室など、共有の場所を作るのだ……と。

 

そんな構想を真剣な顔つきで語るイヴァン・レオニドフ(演じるのは田島亮)を見ていて、「ちょっと、それはないだろう」と思った。

そういうものが構成主義建築なのであるならば、私ならご免被りたいと感じた。

 

当然のことながら、イヴァンからそんな話を聞かされた妻も、やんわりとした表現ではあったけれど、イヴァンとは違う考えを示す。愛する人や可愛い子供たちと、同じ場所で暮らしたい……という、ごく普通の思いを表わす。

 

天才と言われたイヴァンの考えと、無名の妻が抱く考え。

相反する2つの考えの、どちらが人間にとって普遍的なものなのか?

その「答」はもう、お芝居のはじめの頃の、イヴァンと妻との会話の場面で、すでに出ていたように思った。

 

だから、お芝居が始まって1時間ほどしたときに、私はふと、いったい「このお芝居は何のためにやっているのだろう?」と思ったのだった。

このお芝居は、どこに向かって進んでいるのだろうか? それがつかめなかった。

 

スターリンの圧政によって、新しい芸術運動が衰退していった様を描こうとしたのだろうか。

不遇な環境におかれた、孤高の天才が遺して逝った、たくさんの設計図。その設計図に今も認められる、時代を超えた先見性や普遍的な美。そのことを浮かび上がらせようとしたのだろうか。

……もやもやとした感覚の中で、お芝居の幕は閉じられた、

役者さんたちに対しても、演出に対しても、力いっぱい拍手をしたいところだったが、残念ながら手に力が入らなかった。(アンコールは、近頃では珍しく、1回のみだった。)

 

お芝居を頭で理解してはいけないと思うのだが、「もやもや」が晴れないので、帰りの電車(総武線各駅停車)の中で、パンフレットを読み続けた。

こんな言葉があった。

「政治と芸術の激しい葛藤を描いた詩森ろば中期の代表作が、時代が軋む2019年のいま、魅力的な新キャストと円熟のスタッフワークで甦る。」

 

「政治と芸術の激しい葛藤」というのは理解できるのだが、「時代が軋む2019年」というのが抽象的で難しい。どのような状況を指して、「時代が軋む」と表現しているのだろうか?

 

もう1つ、「ずいぶん前に書かれたこの戯曲を、今改めてどう思われますか?」という質問に、詩森ろば氏がこんな風に応えていた。

「時代に対してのわたしの批評眼みたいなものがあって、それを踏まえて、書くべきテーマを選択しています。当時は、え。なんでロシア?とたいていのお客さまは思われたと思うんですが、そのとき抱いていたわたしの危機意識が、2019年にははっきりと顕在化してきています。2004年のわたしは、そうならないように一生懸命作品を書いているわけで、複雑な気持ちです。(後略)」

 

「わたしの危機意識が、2019年にははっきりと顕在化してきています。」……「時代が軋む」という言葉で表したかったのは、おそらくこのようなことであるのだろう。

詩森ろば氏と同じような危機意識を抱いている方には、ピンとくるものがあるのかもしれない。けれど、私にはどのような現実を示して「顕在化」と言っているのか分からない。

 

……とはいっても、詩森作品に触れたのは、今回で、まだ3度目に過ぎない。

1人の作家を理解できるようになるには、まだ観劇体験が浅いのかもしれない。

 

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