問題は、そこなのだ。

  • 2019.06.18 Tuesday
  • 18:02

「お芝居つまみ食い」その276

 

2019年2月に彩の国さいたま芸術劇場で上演された『ヘンリー五世』(演出 吉田剛太郎)を、世の批評家はどのようにご覧になったのか、知りたいと思っていたところ、「テアトロ」の5月号で谷岡健彦という方が『ヘンリー五世』について触れていた。

 

「テアトロ」5月号では「斉藤淳と今井朋彦」と題する特集を組んでいて、谷岡健彦氏は「表現力ゆたかな声の持ち主」という文章の中で、今井朋彦の「口跡のよさ」と引き比べる形で、『ヘンリー五世』の舞台を取り上げていた。長くなりますが、引用させていただきます。

 

「彩の国さいたま芸術劇場で上演された吉田剛太郎演出の『ヘンリー五世』は、見た目は華やかではあるけれども、中身の乏しい舞台だった。作品の鍵となる名台詞が削除されていたり、たいして面白くもない悪ふざけが長々と続いたりなど、いくつも不満を覚えた点がある。俳優の台詞術の拙さもその一つだ。劇中で説明役(コーラス)を演じる吉田を含めて、大半の俳優がやたらと声を張り上げるため、言葉の微妙なニュアンスがあらかた吹き飛んでしまう。一本調子な台詞の応酬を聞きながら、『重要な役どころに、今井朋彦が起用されていたら』と思うことがしばしばあった。と言うのも、二〇一六年に新国立劇場で観た『ヘンリー四世』での今井の口跡のよさが際立っていたからだ。」

 

「やたらと声を張り上げる」「一本調子な台詞の応酬」という評言は、まさにその通りだったので意を強くしたが、谷岡氏はそこにとどまらず、シェイクスピアのセリフを今井朋彦がどのように言っているのか(吉田剛太郎演出の『ヘンリー五世』とどこが違うのか)、詳しく書いてくれているので参考になった。

 

その1つ目は……

「戯曲を丁寧に読み込んで、シェイクスピアの修辞の多い長台詞のなかで、どの単語を強調すべきか、どこで息を継いだらよいか、どのような抑揚が適切かを細かく計算しているのが伝わってくる。おかげで、今井が口にする言葉は、たんに明瞭であるばかりではなく、その意味が明瞭に耳に届いた。」

 

2つ目は……

「シェイクスピア劇を演じるときに、俳優がえてして陥りがちなのは、韻律の美しさに俳優自身が陶酔し、台詞を客席に向かって高らかに朗誦してしまうことだ。このように台詞を『歌う』と、相手役との間合いがおかしくなり、ただ俳優が美辞麗句を交互に口にしているだけになってしまう。今井は、シェイクスピアの言葉の美しさにじゅうぶん気を配りながらも、けっして歌いはしない。つねに相手役を意識しているため、台詞のやり取りが生気を帯びる。」

 

谷岡氏は、「森新太郎が演出した『TERROR テロ』での今井の演技も忘れがたい。」とも書いている。

「客席に語りかける声の大きさや口調が絶妙であった」「台詞の受け手との距離感の取り方が抜群に上手い」と、評価している。

『TERROR テロ』(2018年1月、作 フェルディナント・フォン・シーラッハ、紀伊國屋サザンシアター)は私も見ているが、今井朋彦のセリフ術の巧さに、ことさら気づくことはなかった。今後は心して、その演技を見ていきたい。

 

 

谷岡健彦氏は「テアトロ」5月号の文章の中で、下北沢の小劇場B1で上演された『ベッドに縛られて』(2019年3月、作 エンダ・ウォルシュ)についても書いていた。

この芝居は斉藤淳と寺十吾の二人芝居だったそうだが、「あまり楽しめなかった」と言う。

その理由は……

 

「父親を演じる寺十吾の声が大きすぎて、台詞がすんなり耳に入ってこないのである。いくら粗暴さを表現するためとはいえ、小さな空間だ。のべつ声を荒げる必要はないだろう。」

 

谷岡氏は『ヘンリー五世』については、「やたらと声を張り上げる」、『ベッドに縛られて』については(私は見ていないが)「のべつ声を荒げる必要はないだろう」と書いてくれている。

 

声が小さくて、セリフが聞き取れないのも困りものだが、馬鹿でかい声を張り上げられるのも困ったことだ。この頃は、そんなお芝居に遭遇することが増えたような気がしている。

 

2019年5月に見た、「中野坂上デーモンズの憂鬱」という劇団の『No.12』が、その典型的なものだった。

d−倉庫が「現代劇作家シリーズ」という催しを毎年おこなっていて、今年のテーマは「日本国憲法」だった。

「中野坂上デーモンズの憂鬱」は「日本国憲法」という、とてつもなく難しいテーマに果敢にチャレンジして、『No.12』という1時間の芝居を創り上げた。

……そのことは素晴らしいとは思ったものの、男女計12人の登場人物が1時間ずっと、どなり、叫び、吠え、わめきつづけるというお芝居には、呆然とさせられるしかなかった。

 

全身を使って、力いっぱい声を発散させる。言葉の色合いなどは関係ない。とにかく最大限の大声で、1時間を突っ走るのだ。芝居が終わったとき、さぞかし躰の底から声を出し切った充実感で、出演者はきっと満足感を得られたのではないだろうか?

芝居を創る側はそれでいいのかもしれない。

けれど、芝居を見る側はどうなるのだろう?

問題は、そこなのだと思う。

(しかも、その問題は小劇場に限らない。大劇場でも起きているのだ。)

 

抑制の効いた「泣いた赤鬼」

  • 2019.06.17 Monday
  • 15:26

「お芝居つまみ食い」その275

 

2019年6月14日公開

「泣くな赤鬼」製作委員会

原作 重松清『せんせい。』(新潮文庫)所収「泣くな赤鬼」

脚本 上平満、監督 兼重淳

『泣くな赤鬼』

新宿バルト9にて

 

「赤鬼」というのは、高校の野球部の監督の先生の綽名だ。正確に言えば、「綽名だった」。今は別の高校に転勤して、やっぱり野球部の顧問をしてはいるのだが、「赤鬼」とは呼ばれず、名字が「小渕」なので、「ブッチー」と呼ばれている。

以前つとめていた高校では、甲子園出場を目指して、グラウンドで鬼のような形相で指導をしていたので、生徒たちから「赤鬼」と恐れられていたのだが、今は野球に対する情熱も失せてしまった風だ。(演ずるのは堤真一)

 

胃腸(?)の具合も良くなくて、診察を受けに病院に出掛けたところ、待合室で、以前の高校で野球を指導していた「ゴルゴ」という綽名の「元生徒」と再会する。

この「ゴルゴ」という生徒、野球の才能は人一倍あるのだが、努力を持続させることが出来ない性格で、今ひとつ、その才能を生かし切れないところがあった。そこで、「赤鬼」は「ゴルゴ」のポジションだった3塁に、もう一人、真面目な選手を起用して、競わせ、発奮させようとした。しかし、「ゴルゴ」は発奮しなかった。逆にクサってしまい、野球部をやめ、あげくの果てには高校まで退学してしまった……。そういう「元生徒」だった。

けれど、そんな「ゴルゴ」も、今は工場でちゃんと働き、結婚もして、赤ん坊もいる「大人」になっていた。アロハを着て、髪を金色に染め、しっかりした「大人」には見えない風体だけれど。(演ずるのは柳楽優弥)

 

野球部の熱血先生「赤鬼」……、その先生に「泣くな」と言うからには、さぞかし「泣かせる」ストーリーになっているに違いない。どうやって「鬼の目にも涙」を流させ、観客の涙を誘うのだろうか? その辺の映画の作り方への興味が、私に無かったとは言えない。

 

「鬼の目にも涙」を流させる要素になったのは「癌」だった。

一児の父親とは言っても、まだまだ若い「ゴルゴ」が、癌を発病してしまい、余命半年と診断されたのだ。(そういえば、「赤鬼」と「ゴルゴ」が再開した場所は病院だった。)

 

「俺は人前では泣かない」……そう言って、かつて甲子園出場のかかった県大会決勝で敗れたときも涙を決して見せなかった「赤鬼」。そんな「赤鬼」も、「ゴルゴ」の死に直面すれば、おそらく号泣するに違いない。

体育部の熱血指導者だった教師と、癌によって余命を宣告されたその教え子。

物語とすれば、「絵に描いたような」お話で(とは言っても、なかなか上手く書けるものではないけれど)、観客も(少なくとも私は)涙をしぼりとられることを覚悟させられる展開だった。

 

「御涙頂戴」という評言ないし悪口がある。

もしかしたら、そんな映画になるのかもしれない。そんな予想をした。

……しかし、『泣くな赤鬼』はそうではなかった。

 

もちろん、「ゴルゴ」が徐々に死に向かっていく場面、そして、ついに死を迎える場面で、私も、ほかの観客も(すすり泣く声が聞こえた)泣きはした。

けれど映画は決して「御涙頂戴」ではなく、ギリギリのところまで抑制されていた。そのことに私は強い共感を覚えた。

 

その「抑制」を体現していたのが、役者さんたちの演技だった。(その陰には、監督の意図もあったのだろう。)

「赤鬼」の堤真一、「ゴルゴ」の柳楽優弥だけでなく、「ゴルゴ」の妻を演じた川栄李奈、「ゴルゴ」の母を演じたキムラ緑子の演技もまた、内側から思いが自然にあふれ、そこで生きているように受け止められるものだった。これみよがしの、オーバーな演技は無かった。

 

「ゴルゴ」の死の間際、「赤鬼」は泣いた。鼻水を垂らして。

私は死んでいく「ゴルゴ」が「赤鬼」に向かって、「泣くな赤鬼」と言うのではないかと思って見ていた。けれど、そんなシーンはなかった。

ただ、何か、「ゴルゴ」が手ぶりで、「赤鬼」にサインを送った。それから「ゴルゴ」は息を引き取った。

 

あれは何のサインだったのか……? 

あとでパンフレットの、監督へのインタビュー記事を読んでみた。その中で、最後のサインについても語られていた。

 

「ゴルゴ」は高校生のとき、「赤鬼」監督が、「バントをしろ」というサインを出したにも関わらず、それを無視してヒットを放つような選手だった。そんな場面が確かにあった……。

そのエピソードが、死の場面のサインにつながっていた、ということを知った。兼重監督はこう語っている。

 

「それこそゴルゴが拒んだバントは犠牲打。自分がアウトになっても仲間をひとつ進塁させるプレイです。ゴルゴが死ぬ間際にするサインはそれなんです。病院へ見舞いに来た赤鬼先生が、もう甲子園を諦めたことを正直に話すわけですが、それを聞いたゴルゴは自分が先生の背中を押さなくてはと考え、“俺は死んでいくけど、みんなの想いを受け止めて、先生は一歩踏み出して欲しい”という想いを込めてあのバントのサインをするんです。」

 

「ゴルゴ」の高校時代のバント拒否のエピソードが、最後の最後できちんと回収されたことに、気づけなかったのは残念だった。しかし、「泣くな赤鬼」などと「ゴルゴ」に言わせる私の夢想より、無言のサインを師弟が交わすほうが、遥かにいい。帽子を脱ぎたい。

 

「ゴルゴ」の死と、そのサインがカンフル注射になったのだろう、「ゴルゴ」の死後、「赤鬼」は変身する。やる気が見えなかった野球部の監督としての役割に、再び燃え始めるのだ。

若者の成長物語ならぬ、「おじさん」の成長物語風で、そこのところはちょっぴり「型通り」に感じなくもない。しかし、ここで、「ゴルゴ」の遺志をしっかりと受け止めて、本来の「赤鬼魂」を取り戻し、元気に躍動する姿を見せてくれなければ、映画は確かに終わらない、というところなのだろう。

 

「機械と音楽」晴れないもやもや

  • 2019.06.15 Saturday
  • 13:53

「お芝居つまみ食い」その274

 

2019年6月12日〜18日

serial number 02

作・演出 詩森ろば

『機械と音楽』

吉祥寺シアター

 

「serial numberの芝居が見られる」……楽しみにして吉祥寺に出掛けた。

 

劇場に入ると「どうだ」とばかりに装置が姿を現わしている。

工事現場で目にしそうなスチールの管や足場を使って、立体的に構成されている。

役者が登場したり引っ込んだりする場所も、奥、脇、天井近くと、沢山ありそうだ(秘密基地めいた楽しさ)……。そんな風に装置を眺めているとやがて開演時間になった。

 

正面奥に、真っ赤な照明に照らされた黒い群像。

紗幕がするすると上がると群像は動き出し、舞台前面に向かって、歩調をそろえ迫ってくる。……圧倒されるような幕開きの演出だった。

それ以降も、よどみのない演出と演技によって、舞台はなめらかに進んでいった。

 

ふと時計を見ると、ちょうど1時間が経過していた。(上演時間は2時間10分)

そのころから、「このお芝居は何のためにやっているのだろう?」という疑問が湧いてきた。

 

主人公はイヴァン・レオニドフ。私は全く知らなかったが、チラシの解説によれば、こんな人だそうだ。

「ロシア革命とともに隆盛し、スターリンの圧政で途絶えた芸術運動ロシア・アヴァンギャルド。『生活の機械化(共産化)』を掲げ、政治や恋愛、生き方までも芸術の力で変革しようと試みた。その旗手となったのが、構成主義の建築家たちであった。無駄を排除し、個人所有を最小限に止めるデザインでかつて存在しなかった美を創出した構成主義建築。その中でも天才と呼ばれたのがイヴァン・レオニドフである。」

 

芝居の比較的はじめの頃、イヴァン・レオニドフが妻(そのときはまだ恋人?)に向かって、自分が設計しようとする集合住宅について語るところがあった。

彼の設計では、「家族」を単位として考えないのだと言う。家族ごとの家(部屋)はつくらないのだと言う。

男は男だけで、女は女だけで、それぞれ6人ずつの部屋に入る。子供には子供だけの部屋をつくる。そうして無駄を無くして出来た広い空間に、図書室や映画室など、共有の場所を作るのだ……と。

 

そんな構想を真剣な顔つきで語るイヴァン・レオニドフ(演じるのは田島亮)を見ていて、「ちょっと、それはないだろう」と思った。

そういうものが構成主義建築なのであるならば、私ならご免被りたいと感じた。

 

当然のことながら、イヴァンからそんな話を聞かされた妻も、やんわりとした表現ではあったけれど、イヴァンとは違う考えを示す。愛する人や可愛い子供たちと、同じ場所で暮らしたい……という、ごく普通の思いを表わす。

 

天才と言われたイヴァンの考えと、無名の妻が抱く考え。

相反する2つの考えの、どちらが人間にとって普遍的なものなのか?

その「答」はもう、お芝居のはじめの頃の、イヴァンと妻との会話の場面で、すでに出ていたように思った。

 

だから、お芝居が始まって1時間ほどしたときに、私はふと、いったい「このお芝居は何のためにやっているのだろう?」と思ったのだった。

このお芝居は、どこに向かって進んでいるのだろうか? それがつかめなかった。

 

スターリンの圧政によって、新しい芸術運動が衰退していった様を描こうとしたのだろうか。

不遇な環境におかれた、孤高の天才が遺して逝った、たくさんの設計図。その設計図に今も認められる、時代を超えた先見性や普遍的な美。そのことを浮かび上がらせようとしたのだろうか。

……もやもやとした感覚の中で、お芝居の幕は閉じられた、

役者さんたちに対しても、演出に対しても、力いっぱい拍手をしたいところだったが、残念ながら手に力が入らなかった。(アンコールは、近頃では珍しく、1回のみだった。)

 

お芝居を頭で理解してはいけないと思うのだが、「もやもや」が晴れないので、帰りの電車(総武線各駅停車)の中で、パンフレットを読み続けた。

こんな言葉があった。

「政治と芸術の激しい葛藤を描いた詩森ろば中期の代表作が、時代が軋む2019年のいま、魅力的な新キャストと円熟のスタッフワークで甦る。」

 

「政治と芸術の激しい葛藤」というのは理解できるのだが、「時代が軋む2019年」というのが抽象的で難しい。どのような状況を指して、「時代が軋む」と表現しているのだろうか?

 

もう1つ、「ずいぶん前に書かれたこの戯曲を、今改めてどう思われますか?」という質問に、詩森ろば氏がこんな風に応えていた。

「時代に対してのわたしの批評眼みたいなものがあって、それを踏まえて、書くべきテーマを選択しています。当時は、え。なんでロシア?とたいていのお客さまは思われたと思うんですが、そのとき抱いていたわたしの危機意識が、2019年にははっきりと顕在化してきています。2004年のわたしは、そうならないように一生懸命作品を書いているわけで、複雑な気持ちです。(後略)」

 

「わたしの危機意識が、2019年にははっきりと顕在化してきています。」……「時代が軋む」という言葉で表したかったのは、おそらくこのようなことであるのだろう。

詩森ろば氏と同じような危機意識を抱いている方には、ピンとくるものがあるのかもしれない。けれど、私にはどのような現実を示して「顕在化」と言っているのか分からない。

 

……とはいっても、詩森作品に触れたのは、今回で、まだ3度目に過ぎない。

1人の作家を理解できるようになるには、まだ観劇体験が浅いのかもしれない。

 

「僕たちは希望という名の列車に乗った」で揺さぶられた感情

  • 2019.06.10 Monday
  • 20:41

「お芝居つまみ食い」その273

 

2019年5月17日 日本公開

原作 ディートリッヒ・ガルスカ、監督・脚本 ラース・クラウメ

『僕たちは希望という名の列車に乗った』(原題 The Silent Revolution

ヒューマントラストシネマ有楽町

 

1945年、ドイツは日本と同じく戦争に負けた。

日本は国を分割されなかったが(とは言っても、小笠原や沖縄などが返還されるまでには、長い時間を要したけれども)、ドイツは東西に分断された。

 

その、東西ドイツ分断の象徴とも言える「ベルリンの壁」は、戦後すぐに築かれたというイメージがあったが、今回、映画『僕たちは希望という名の列車に乗った』のパンフレットを読んで、壁が築かれたのは1961年のことだったということを知った。

 

『僕たちは希望という名の列車に乗った』は「ベルリンの壁」が構築される5年前、1956年の話だった。その時代の出来事だということにも興味を抱いたが、さらに、東ドイツ側の人々が描かれていることにも関心を抱かされた。

 

映画は2006年に発表された書物『沈黙する教室』をもとにして創られたということだ。

原作者は1939年生まれのディートリッヒ・ガルスカ。若き日に、級友たちと共に、東ドイツから西ベルリンに逃亡した事実を記した本らしい。

映画のシナリオを書いたのは、監督のラース・クラウメだ。

 

1956年の東ドイツ、スターリンシュタットの高校に通う、19歳の高校生たちの物語。

市議会議長の息子のクルトと、その親友テオ(製鋼所の労働者の息子)。家庭環境の全く異なる、この2人を中心にして、話は進んでいく。

 

東ドイツの若者といっても十人十色であろうけれども、クルトとテオは両人とも型にはまらない生き方をしている、いわゆる「若者」らしい若者だ。

だから2人は、東ドイツの町から列車に乗って、西ベルリンの自由な空気を吸収しに行ったりする。

 

だが、「ベルリンの壁」がまだ築かれていなかったといっても、東ドイツと西ドイツの間を自由に往来できる訳ではない。列車に乗って西ベルリンに行くには、検問をパスしなければならない。映画は、その厳しい検問の場面から始まっていく……。

 

 

『僕たちは希望という名の列車に乗った』を見て、2つの感情に揺さぶられた。

 

ひとつは、自由への希求というのか、渇望というのか、人間としてこうありたいと願う思い、その強さのようなものを目の当たりにして、心が踊るような気がした。

 

それは、クルトとテオが西ベルリンの映画館に、こっそりトイレの窓から侵入したときに、上映されていたニュース映画の画面だった。

実写なのか、この映画のために再現されたものなのか分からないが、いわゆる「ハンガリー動乱」で、民衆が行動する姿をとらえた映像だった。

 

東ドイツの『僕たちは希望という名の列車に乗った』の物語も1956年。隣国ハンガリーでの動乱も1956年。同時期の出来事なのだった。

 

1949年生まれの私は、「ハンガリー動乱」についてほとんど知らないままに今日まで来ている。

映画のパンフレットには、こんな解説が載っていた。

「1956年10月22日、ブタペスト工科大学の学生たちが、報道の自由、言論の自由、国家の独立、自由な選挙、ソ連の撤退を要求する手紙を書いた。1956年10月23日、デモ行進は非暴力で行われていたが、政府軍が平和的なデモ隊に発砲したことで、暴動や抗議行動が国中に広がった。(略)」

 

映画を見る前にハンガリー動乱についての予備知識は無かった。

しかし、予備知識が無くても、映画に映し出されたハンガリーの民衆の姿には、胸を熱くするような力があった。

 

もうひとつの感情は、厳しい選択を迫られたときに、人は何を守るべきなのか、懊悩を経て、決断に至ろうと必死にもがく人々の姿を目撃し続けていたときの、辛い思いだった。

 

ハンガリー動乱のニュースは、クルトとテオにも影響を与えた。彼らは高校の同級生たちに、ハンガリーで命を落とした民衆のために、黙祷を捧げようと提案をする。そして、実行する。

これが大きな問題となり、しまいには国民教育大臣までもが高校にやってくる事態へと発展する。

ハンガリーで蜂起した民衆に対して、同じ社会主義国家である東ドイツの国民が、黙祷をするなどということは決して許されない行為なのだった。

東ドイツ当局は、同級生たちに対して、「黙祷を扇動した首謀者は誰なのか? 白状しなければ高校を卒業させない」と言って迫ってくる。

 

首謀者が誰だったのか、当局の尋問に答えることは、友人を売ることだ。

友人を売って、自分の将来の安寧を守ろうとするのか? 否、体制に屈しないで、正しいと思える途を選ぶのか? 人生において、そう何回もおとずれることは無いだろう大事な瀬戸際に立たされて、若者たちは苦悩する。その心中を察して、映画を見る側も、苦しい時間を過ごすことになる。

 

そうして、彼らが選んだのは……。

そのために、彼らのクラスは当局によって強制的に閉鎖されることになる。彼らが、正しいと思うほうの途を選んだからだった。

 

その結果、『僕たちは希望という名の列車に乗った』という状況が生まれることになった。

同級生のほとんどが、東ドイツを捨て、西ドイツに逃走する途を選択したのだ。

 

ラース・クラウメ監督には、同じく実話をもとにした『アイヒマンを追え! ナチズムがもっとも畏れた男』(2016年)という作品があるそうだ。ぜひ見たいと思う。

 

「そこどけあほが通るさかい」の覚悟の足りなさとは?

  • 2019.05.28 Tuesday
  • 17:33

「小説についての小説」その167

 

「群像」2019年6月号を購入したのは、松浦寿輝氏と吉増剛造氏の対談「魂の身ぶり、言語の動き」が掲載されていたからだった。

同じ号で、群像新人文学賞の発表がなされていて、当選作(石倉真帆『そこどけあほが通るさかい』)も載っていたのだが、読まなかった。

 

その後、石原千秋氏が文芸時評(2019年5月26日付産經新聞)で、『そこどけあほが通るさかい』に触れているのを読んだ。

 

「『ムラ』とも言えるような狭いエリアの息苦しく狂気に満ちた日常を、大阪弁で書いた。この『ムラ』をねじ曲げている大きな要因は学歴。それならば、『関西の超有名国立大学』とか『R大』などと書いてはいけない。固有名詞で勝負すべきだ。悪い小説ではないが、覚悟が足りない。」

 

「固有名詞で勝負すべきだ」「覚悟が足りない」……とは、どういう意味なのだろうか?

それが知りたくて、『そこどけあほが通るさかい』を読んでみた。

 

小説を読みながら、声を出して笑ったのはひさしぶりだった。(田辺聖子以来?)

人によって笑いのツボは違うと思うが、私が笑ったのはこんなところだった。

 

主人公の光里(ひかり)は高校受験の際に、公立の早見高校を受けることを決める。すると、同居している婆(ばば=父親のお母さん)がそれを聞き、「心底驚いたみたい」に、

「光里て、そんなにあほやったんか」

と、本人の前で言う。

 

婆が吐く毒はそんなもので終わらない。

「せやさかいあんとき堕ろしてしまえちゅうたんじゃ」

と、そもそも光里を生んだことが間違いだったとさえ言ってはばからない。それも、本人の前で。

 

「あほ」と言われ、堕ろしてしまえばよかったんだと言われ、ついに耐えきれなくなった光里の中で「ぶつん」と何かが聞こえる。彼女は叫ぶ。

「せやあああっ堕ろしてしまえてやああっ! 言うたんちゃうんかええええっ!」

この表現がものすさまじい。婆の毒に負けていない。

 

しかし、作者はこの表現のすぐあとに、こんな風な言葉を添えるのだ。

「お腹から黒い固まりがごぼっと出た。明日から演劇部に入ろうかと思たぐらいよう通った声が出た。」

 

私は、この「演劇部に入ろうかと思たぐらい」で、ゲラゲラと笑いだしてしまった。

作者は深刻、真剣、ものすさまじい場面において、冷静、客観的に、光里自身に、ボケさせているのだ。

この感性が凄いと思った。

 

私の笑いは、それだけで終わらなかった。

婆の毒に抵抗して光里が発する叫びは、さらに緊迫感を増していく。光里が自分の腕に包丁を突き刺す場面の直前の、彼女の叫び。

「出てへんがあ! キチガイが出てへんぞお! どういうこっちゃねん! アホでバカヤロウでキチガイとちゃうんかあっ!」

 

そして、この叫びに添えられた言葉は……

「こめかみがびくびくして唇はわなわな震えて閉じられへん。こんだけはらわた煮えくり返ってんのにやっぱり演劇部入ろかな応援団でもいけるんちゃうやろかてなことも考えてた。」

 

演劇部から応援団にパワーアップしたので、私の笑いもさらに大きくなった。笑ったために、涙が滲んできたほどに。

 

 

ところで、私は、石原千秋氏の「固有名詞で勝負すべきだ」「覚悟が足りない」という評言に接し、その意味を解明しようとして、『そこどけあほが通るさかい』を読んだわけだった。……けれど、現在のところ、石原氏の評言の意味を理解できたとは、まだ言えない。

 

高校の名前については、栄智高校とか、早見高校という表記がされている。これは実在する高校なのか、架空の高校なのか、私には分からない。

大学の名前については、K大、R大という表記がされている。こちらは、K……、R……という大学がきっと実在するのだろう。分かる人には、K、Rと聞いただけで、「ああ、あの大学」と頭に浮かぶのに違いない。しかし、私には(その辺の知識が全くないので)思い浮かんで来ない。

 

もしかしたら、石原氏は、「分かる人には分かる」「分からない人には分からない」……そんな書き方をしていることについて、「覚悟がない」と言っているのかもしれない。

 

大学と言えば、主人公の光里が、大学進学を当然のように考えているところが、私には不思議だった。

近頃は、高校全入はもちろん、すでに大学さえ全入の時代に突入しているのだろうか?

 

勉強が出来る出来ないが、「あほ」「バカ」の基準であるとは全く思えない。

勉強の出来る「あほ」や「バカ」はうじゃうじゃ居るし、いわゆる勉強は出来なくても立派な人は沢山居る。

光里は大学に行かないで、別の途を選択しても良かったのではないかと思った。

 

高校3年生になった光里は言う。

「ええねんもう。浪人せえへんのやったらどこでもええ、あっでもなあ……あんまり聞いたことのない大学は嫌やなぁ。まあどっか入れるやろ」

こんな気持ちだったら、大学に行く必要は無いように思われる。

 

また、高校の担任の先生について、「三流私立大卒のリーマン教師の間抜け野郎」という表現で語るのだが、「あんまり聞いたことのない大学は嫌やなぁ」とか、「三流私立大」とか、……あの、婆の毒に対する反発はどこに行ったのだろうかと思う。光里自身が、ぬるい毒に侵されているように思える。

このような光里の造形に、ひょっとしたら、石原千秋氏の指摘する「覚悟の足りなさ」の反映があるのかもしれない。

 

『そこどけあほが通るさかい』を読み、「覚悟」問題のほかにも、いくつか、この小説を読まれた方の意見を訊いてみたいことが出て来た。

 

〇 婆の毒には、認知症がどのくらい関わっているのか? 婆の毒を、認知症のせいだと捉えない方がいいのではないか?

〇 光里の「お母ちゃん」は何故、婆が亡くなったあと、死のうとしたのだろうか? 小説の冒頭と、最後に、「お母ちゃん」の場面をもってきたことの是非……など。

 

この小説が話題になり、いろいろな方がこの作品に関して書いてくださる文章を、ぜひ読んでみたい。

 

「草薙の剣」と2019年4月〜5月の日々

  • 2019.05.24 Friday
  • 19:20

「小説についての小説」その166

 

橋本治の『草薙の剣』(新潮社)を読んだ。

小説は「スーパーマーケットにいる夢を見た。」という文で始まる。

誰が夢を見ているのか? 普通、誰か、一人の人物が見ているのだろうと思うところだ。

だが、『草薙の剣』の場合、一人ではなかった。6人の男が見ていた。

62歳の昭生。52歳の豊生。42歳の常生。32歳の夢生。22歳の凪生(なぎお)。12歳の凡生(なみお)。

 

本の表紙に、『草薙の剣』がどんな小説なのか、分かりやすくまとめた文章が印刷されていたので、引用させていただく。

「10代から60代まで、10歳ずつ年の違う男たちを主人公に、彼らの父母、祖父母までさかのぼるそれぞれの人生を、戦前から平成の終わりへと向かう日本の軌跡のなかに描きだす。敗戦、高度経済成長、オイルショック、昭和の終焉、バブル崩壊、二つの大震災。」

 

そう、……主人公が6人もいる上に、さらにその父母や祖父母の代までをも描いていく。その構想に、まず、驚かされた。

(あとでご紹介する随筆の中で、橋本治は『草薙の剣』の「本当の主人公として存在するのは、そのバラバラの六人の動きが示す『時の流れ』の方です。」と書いている。)

そしてその構想を、単なる着想に終わらせることなく、緻密に、ひとつの長編小説として組み立てていく、建築家のような力に圧倒された。

 

本の表紙にはこんなことも印刷されていた。

「ごくふつうのリアルな日本人の心の100年を描いて、読者をさまざまな記憶でつよく揺さぶりながら、戦後日本の行き着いた先としての現代のありようを根底から問い返す。」

 

「読者をさまざまな記憶でつよく揺さぶりながら」とあるが、それは全く、その通りだった。読みながら、私も幾度となく過去にさかのぼって、考えさせられた。

例えば、「第二章 終わってしまった時代」に、こんな記述があった。

 

「しかし一九七〇年代の終わりになると、その喫茶店の中に電子回路が組み込まれたゲーム用のテーブルが続々と運び込まれるようになり、人々は宇宙からの侵略者を撃退するゲームに夢中になった。喫茶店のドアを開ければ、『ピュン! ピュン!』という電子音が容易に聞こえて、まさかそれが新時代の到来を告げるようなものであるなどとは、誰も思わなかった。」

 

確かに「まさかそれが新時代の到来を告げるようなものであるなどとは、誰も思わなかった」かも知れないが、のちになって、あのインベーダーゲームから、別の時代に入っていったのだという実感が私にもある。

私はゲームについて何も知らないが、ひとがやっているのを見ていて、インベーダーゲームについて、単純・素朴という印象を抱いていた。

大掛かりな装置を必要としたゲームが、やがて、もっと手軽に、個人的にも楽しめるものに進化・発展していった(知らないのに言っています)。その後のゲームの変化・変容を考えると、インベーダーゲームは原始的な感じさえするし、その分、まだ人間的だったのではないだろうか、とゲームに触ったこともないのに思っている。 

 

「第四章 よどみ」は、つぎのような記述で始まる。

 

「その四年後、在位の天皇が去って、『昭和』という時代が終わった。しかし、時代というものは、チーズや肉の塊のように、切り分けて簡単に区切りが作られるものではない。時代というものは、多くの人々が籍を置く地の上を流れる雲のようなもので、たとえ多くのメディアが声を揃えて『一つの時代が終わった』と言ったとしても、世に生きる人々は深くうなずいたりはしない。『戦争が終わった』というのならともかく、人はただ『そうか』と思って聞き流す。」

 

橋本治がここで言っていることは、その通りだと私も思う。

昭和とか平成というのは、そのときの天皇の、(古い言葉で言えば)御世を表しているのであって、一つの御世が終わったからといって、それが即、一つの時代の終わりになるわけではない。御世の移り変わりと、時代の移り変わりは、同一ではない。

ただ、昭和天皇が崩御したあのとき、私は「一つの時代が終わった」という感覚を抱いたように思う。1945年、進駐軍の背の高いマッカーサーの横に立たされ、写真を撮られた、敗戦国の小柄な天皇。その天皇の死は、メディアが言うからではなく、戦後生まれの私にさえも、「昭和という時代が終わった」という実感を抱かせた。

 

「第五章 草薙の剣」には、2000年の出来事に関する、こんな記述がある。

 

「その一月、新潟県の柏崎市で、母と同居する無職で独身の男が、九年間自宅に若い女を監禁していたことが発覚した。驚くべきは、その期間が九年の長きに亘り、同居の母親が二階の部屋に見知らぬ若い女がいるのを知らずにいたことだった。日本の社会の底に、不気味な菌糸が根を張っているようだった。」

 

「日本の社会の底に、不気味な菌糸が根を張っている」……そんな感覚は、19年後の現在の感覚でもあるように思う。否、菌糸のはびこりは、さらに侵攻しているのかもしれない。社会の底に根を張るどころか、いつのまにか茎を伸ばし、目の前にありありと姿を見せているようにさえ感じる。

 

橋本治は亡くなってしまった。2019年1月29日没。享年70。

関川夏央が「文學界」の2019年4月号に、「九十八まで生きるんじゃなかった?」と題する追悼文を書いていた。

それを読み、2018年の5月に、顔面上顎洞に癌が見つかっていたのだと知った。

 

『草薙の剣』は第71回野間文芸賞を受賞し、その受賞記念の企画として、橋本治は「随筆『草薙の剣』」を2019年1月の「群像」に寄せている。

その「随筆」のシメの文章が印象深い。橋本治はこう書いている。

 

「私は、戦争の終わった昭和二十年のような特殊な例を除いて、『時代がある時はっきり変わる』という考え方をしません。前の時代の中に後の時代は胚胎していて、やがてその特徴がゆっくりと浮かび上がって来るのだと思います。だから、まだ『昭和』であるはずの一九八〇年代は、既に『プレ平成』であり、もう昭和が終わったはずの一九九〇年代は『ポスト昭和』なんじゃないだろうかと思います。在位の天皇のあり方によって『時代が変わる』になってしまうと、自分を語る言葉を持たないままに逝ってしまったとても多くの「豊生の父」が見えなくなってしまいます。『時代を書く作業』がそのことによって『人を抹消する』になってしまうのが、私はとてもいやです。」

 

橋本治は、平成が終わる前に亡くなった。

だから、平成から令和に切り替わる、2019年4月〜5月の日本を目にしていない。

目にしていないけれども、2019年の4月末に向かっては「時代が終わる」と、そして5月1日以降は「令和の時代が始まった」と、多くのメディアが声を揃えて言い続けた、そのことを橋本治は言い当てている。

メディアだけではない。いろいろな団体、組織がこぞって、(それぞれの思惑があってのことだろう)「令和」「令和」と新しい「時代」を押し出し、そこに乗ろうとしているように見える。

 

先に述べたように、たしかに私は、昭和天皇崩御の際には、「一つの時代が終わった」という感覚を抱いた。

けれども、今回の天皇譲位にあたっては、一つの時代の終わりとも、一つの時代の始まりとも思うことはなかった。

繰返しになるが、『草薙の剣』第四章の冒頭で橋本治は、

「たとえ多くのメディアが声を揃えて『一つの時代が終わった』と言ったとしても、世に生きる人々は深くうなずいたりはしない。」と、書いた。

そんな「人々」の一人として、私も2019年4月〜5月の日々を過ごしてきたし、過ごしていこうと思っている。

 

「美しい顔」−作者の意志に学ぶ

  • 2019.05.22 Wednesday
  • 16:24

「小説についての小説」その165

 

北条裕子の『美しい顔』は2018年の群像新人文学賞を受賞した。そのとき私は、受賞作が発表された「群像」を購入して読むことをしなかった。

『美しい顔』に「盗用問題」が持ち上がり、ノミネートされた芥川賞を果たして受賞できるのだろうかと、周囲でも話題になっていた。……芥川賞は高橋弘希の『送り火』が受賞した。

 

2019年の4月に単行本『美しい顔』が講談社から出版されたのを知って、読んでみることにした。

小説のラストの場面の2ページあとに「著者」の言葉が載っていた。そこに、

「参考文献の扱いについて熟慮し、単行本化に際して自身の表現として本作を改稿しました。」とあった。

だから、「群像」に掲載されたときと、いくぶんか違う部分があるのだろう……。

 

私にとって『美しい顔』は初めて読む小説なので、新しい作品を読むのと同じ気持ちで読み始めた。

読み始めてすぐに、読者として後戻りできない気持ちになった。

「かわいそうを撮るなら金を払え。かわいそうが欲しいなら金を払え。被災地は撮ってもタダか。被災者は撮ってもタダか。どのように持って帰ってもタダか。この男も、マスコミも、みんなそうだ。みんな金を払え。……」

言葉が言葉を呼んで、前に進んでいく。後戻りしないで、私も言葉を追って、前に進んでいくしかない気持ちになった。

 

また、作者が被災地に実際に足を運ばずに、この作品を書いたことが話題になったが(その代わり資料は読んでいたので、そこから「盗用問題」が起きてしまった)、そのような創作方法を採って、あの「3月11日」を小説として描こうとした、その意志のようなものを、実際に小説を読んでいて、強く感じた。

もちろん誰もが「3月11日」を作品化しなければならないということは無い。「3月11日」を作品化しないことが、意志である場合もある。

けれど、なまはんかな気持ちではとらえられない大きな問題を、自分の言葉だけで描き切ろうという意志を持ち、現実に『美しい顔』という作品として世の中に提示した、その行動は、ただの思いつきやアイデアとは別種のものだ。ちょっとしたひらめきだけでは『美しい顔』のような作品は創り出せないと感じた。

 

私は『美しい顔』を読みながら、緊張感のようなものに縛られていた。それは作者の言葉、文章が私にそうさせていたものだった。……あるときまでは。

『美しい顔』を読み終わった今、緊張感が持続して、抵抗なく、作者にひっぱられていったのは、どこまでなのかハッキリ分かる。それは単行本でいうと、120ページの3行目までだった。

 

『美しい顔』の主人公は女子高校生で、幼い弟は助けることが出来たのだが、母親を津波で失ってしまった。同じ避難所に、亡くなったお母さんの、中学時代からの友達がいて、主人公の女子高校生はその人を「奥さん」と呼んでいる。

 

120ページ以降、まず綴られていくのは、「3月11日」ではなく、それ以前に「奥さん」が交通事故で亡くした息子の話だった。

「奥さん」は事故で意識不明になり、意識が戻ったとき、息子の遺体はすでに火葬されたあとだった。そのことが「許せなかった」と「奥さん」は語る。何故許せないのかというと、

「私はあの子の姿を見て、抱きしめなければならなかった」からだ、と言うのだ。

「夫は私に息子と会わせるべきだった。あの子の遺体を冷凍保存してでも私に見せるべきだった。」……と。

 

小説では、多くの言葉を尽くして「奥さん」は語っているので、その「奥さん」の思いに同意する方もおられるかもしれないが、現実の問題として、ずいぶん無理なことを旦那さんに要求する女性だなと私などは思ってしまった。

 

女子高校生とその弟のお母さんの遺体は、すでに発見されて、小学校の校舎に安置されている。女子高校生自身はお母さんの遺体と対面を果たしているのだが、彼女は、まだ弟に、お母さんと対面させていなかった。

「奥さん」の長い話は、女子高校生に、弟とお母さんの対面をうながすためのものなのだとは理解できるのだが、この辺りから、それまで私に緊張感を持たせ、ひきつけて離さなかった作者の言葉の力が弱まっていったように感じた。

 

女子高校生は「奥さん」の言う通り、弟を亡くなったお母さんに会わせる。けれど、

「そして、彼を母に会わせた。」

と記すだけで、そのときの描写は全くなされない。何故、弟がお母さんと「再会」したときの様子を描かないのだろうか、不思議に思った。極限的な状況・場面を回避しないで、作者はそれまで果敢に言葉で表現し、小説を構築してきたのに、ここでは省略してしまっている。残念な気がした。

 

女子高校生と弟は、沼津の親戚のおばさんの家で暮らすようになる。

ラストは遠浅の海岸で、姉弟がかけっこをするところで終わる。

弟は可愛らしいし、微笑ましい場面なのだが、まるで絵に描いたようなシーンだと感じてしまった。

 

……とはいっても、「3月11日」に対して、小説を書く者として、自分の想像力と言葉を武器に挑んでいったその意志については、繰り返しになるけれども、私は学びたいと思った。そのことに変わりはない。

「CITY」のお客さんに訊きたかったこと

  • 2019.05.21 Tuesday
  • 15:45

「お芝居つまみ食い」その272

 

2019年5月18日〜26日

企画制作 公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団、合同会社マームとジプシー

作・演出 藤田貴大

『CITY』

彩の国さいたま芸術劇場 大ホール

 

劇場に入ると、舞台に壁が在って、白く光っていた。舞台の床もツルツルした感じの物で覆われていて、やはり白っぽく光っていた。綺麗だった。

 

芝居が始まると、その壁が動き始めた。スーッ、スーッと袖に入っていったかと思うと、別のさまざまな大きさの壁が出てきて、たくさんのシーンを創り出す。

シーンといっても、その一つ一つが非常に短い。つぎからつぎにシーンが移り変わっていき、芝居が進行していく。

 

ただ、芝居の中で、何が、どのように進行していっているのかが、(私には)分からない。登場人物たちはマイクをつけてしゃべっているのだが、そのセリフが聞き取れない。(マイクをつけているのに聞き取れないことは、ほかの芝居でもよくある。マイクに通りやすい声の量とか、質の問題なのかもしれない。しかし舞台稽古をやっているのだろうから、聞き取れないセリフを言っている役者には、誰かが注意をして、直させているはずだとも思う。そういうチェックはしないのだろうか? それとも私の耳の問題?)

 

短いシーンで語られる、ただでさえ少ないセリフの一部が、なかなか聞き取れないとなると、当然のことながら、芝居がどういう方向に進んでいるのかが掴めなくなる。

だから、登場人物たちが争ったり、追いかけたり、追いかけられたり、ピストルの音がしたり、刃物で刺されたりしているのを見ていても、その意味が理解できない。

ただスピード感はあるし、白い壁、灰色の壁、透明な壁、いろいろな壁があいかわらず動き回るし、高い鉄骨の塔のような物も2つ登場してきて迫力もあるし、壁には映像が映し出されて美しかったりするので、眠りに落ちたりするヒマはない。

 

「施設」という単語が耳に入ってきた。主人公の青年と、その妹は、どうやら「施設」で育ったのであるらしい。しかし、そのことが、目の前で展開していることと、どう繋がっているのかが分からない。分からないままに、最後、青年は刺され、倒れた青年を妹が助け起こそうとする(?)ところで、お芝居は終わった(?)らしい。

 

私が驚いたのは、芝居が終わったあとの観客の反応だった。けっこう熱い拍手を送っていたし、中にはスタンディング・オベーションをしている人たちもいた。

……そういう反応を示すということは、この『CITY』の何かに感じるものがあったということだろう。熱い拍手をしたり、立ち上がってまで拍手をしたりする、その理由を、私は心底知りたいと思った。教えてほしいと思った。

 

観劇後にチラシをよく読んでみた。そこには、

「藤田貴大の約1年ぶりの『新作』は、都市を舞台に“ヒーロー”を描く。

 正義とは? 悪とは? 現代をあぶり出す渾身の一作――。」

というコピーがあった。

……「そうだったのか!」と、これらの言葉と、実際の舞台とが、しっくりと繋がって、はたと手を打てればよかったのだけれど、残念ながら、そうはいかなかった。

 

 

橋口洋平さんの言葉と声

  • 2019.05.20 Monday
  • 22:47

「劇団は今日もこむし・こむさ」その261

 

このブログの「その258」の最後を、今度はwacciのアコースティック編成のライブに行ってみたいと結んだ。

そんなライブを見にいけるのは、きっと遠い先のことだと思っていた。

ところが、wacciの橋口洋平さん(作詞・作曲・ボーカル)の歌を聴く機会が突然やってきた。

 

新宿ゴールデン街に、2018年1月まで「花の木」という店があった。「花の木」を45年続けてきたママが亡くなられてしまい、そのあとママのご家族のお許しをいただいて、3人の若者が「HALO」というお店をオープンさせた。その開店1周年のイベントに、橋口洋平さんがいらしたのだ。

 

場所は南青山のカフェ。「HALO」のお客さん、友人知人、若い方がたくさん集まって、活気があった。50人はゆうに越していただろう。

3組のミュージシャンと、1人のパフォーマーが出演した。

 

飲食をしたり、それぞれに歓談したりしている中で、歌をうたったり、一人芝居を演じるのは大変なことだ。

それぞれのミュージシャンやパフォーマーの歌や芝居を見にきた人ばかりではないので、歌や芝居に、その場にいる全員が集中することがない。演奏中であっても、ずっと話し声や笑い声が聞こえる。

 

ただ、ある女性のジャズ・シンガーがビリー・ジョエルの「New York State of Mind」を歌ったときは、カフェ全体が静かになった。それまでのボサノバやサンバの曲から「New York State of Mind」に移ったとたん、会場の皆に何かが伝わり、人々は会話を止めて、音楽を聴こうとしたのだった。彼女の歌の力だった。

 

最後に登場したのが橋口洋平さんだった。

彼の声は、その第一声から、その場を支配した。

「別の人の彼女になったよ」という曲がよかった。

彼が初めて、女性目線で書いた曲だそうだ。

 

若い男女の恋愛の曲、……およそ私とは関わりがない、と思って聴いていたら、不思議なことに胸に迫ってきた。

 

新しく好きになった「別の人」は立派な人らしい。

「あなたみたいに一緒にフェスで大はしゃぎとかはしないタイプだけど

余裕があって大人で本当に優しくしてくれるの」

 

しかし、この女性、本当は、フェスで大はしゃぎをしたり、映画を見て彼女よりも泣いたりする「あなた」のことがまだ好きなようなのだ……。

 

だから、自分が「別の人の彼女になった」のと同じように、あなたも早く「別の人の彼氏に」なってねと、口では言っておきながら、その本心は違うようなのだ。

 

そして歌のラストがいい。

「あなたも早くなってね別の人の彼氏に

 私が電話をしちゃう前に」

 

彼女は、今にも「あなた」に電話をしてしまいそうなほど、せっぱつまった心境にいるのだ。

その思いを隠し切れずに、最後の最後、どっとあふれ出させて終わっていく。

「好きです」「愛しています」などという言葉を使わないで、その思いをリアルに、目に見えるように描いてみせた歌詞だと思う。この女性の姿が浮かんでくる。

 

今回の、「HALO」の1周年記念のイベントでの、橋口洋平さんの貴重なライブ。時間は短かったけれど濃いものを感じた。

「別の人の彼女になったよ」を聴いて、その「言葉」(歌詞)の絶妙さを認識することが出来たし、言葉を歌として表現するときの、橋口さんの「声」の良さについても改めて感じることが出来た。もう、そこで終わりかというところで終わらずに、さらにその上の思いにまで、声を響かせながら聴衆をひっぱり上げていく強さを感じた。

 

小山内伸氏の劇評に教えられたこと

  • 2019.05.18 Saturday
  • 00:19

「お芝居つまみ食い」その271

 

『テアトロ』2019年6月号に、小山内伸という方が劇評を書いておられた。

4作品を批評しているうち、2作品は私も観劇していたので、興味深く拝読した。

パラドックス定数の『Das Orchester』と、俳優座の『血のように真っ赤な夕陽』、前者はこのブログの「その264」に、後者は「その266」に、私の感想を書かせていただいた。

 

小山内伸氏の劇評を読んで、「なるほど」と教えられたことがあった。

まず、『Das Orchester』(作・演出 野木萌葱)について――

 

私はブログに、芸術に対するものとして、ナチ党をもってきていることに、異をとなえるような書き方をした。何故かというと、

「ナチズムについては、それを語るのに、あまり多くの言葉を要しない面がある。ハーケンクロイツを見せられれば、すぐに歴史的な事実が想起されるし、それに対する自分の立ち位置に悩むということもほとんどない。

100人の人がいれば、おそらく100人近くの人がナチズムを否定するのに違いないと思う。」……からだった。

 

誰もが否定的な思いを抱いているものとの闘争を描くことは、安易な方法だと、そんな風には言わないまでも、それに近いことを書いた。

 

しかし、小山内氏は、『Das Orchester』の優れた点が2つあるとし、

「一つは、音楽という純粋な世界がファシズムに侵されるという典型的な二項対立を描きながら、対立構図が単純ではないことだ。」

と指摘している。

私は、小山内氏が指摘しているその点について、思いを致すことがなかった。

氏は、「対立構図が単純ではない」具体例を、つぎのように挙げている。

 

「例えば、職務に忠実ながら音楽に理解のあるナチ将校(井内勇希)が登場し、どちらの味方なのかわからない両義的な台詞を吐く。また、政権に批判的だった新聞記者(浅倉洋介)の言動は振り子のように揺らぐ。さらに、ナチと指揮者との板挟みになる実直な事務局長(小野ゆたか)の困惑と妥協的な働きが、追い詰められた状況の深刻さを物語っている。」

 

なるほど小山内氏のように『Das Orchester』を見直してみると、お芝居の面白味がぐんと増してくるように感じる。

私はブログに、こんな風にも書いていた。

『Das Orchester』は、そんなナチズムに対峙するものとして音楽を取り上げ、まっすぐに闘わせている。そのまっすぐな描き方が、野木萌葱らしくないと言えるのではないだろうか? と思うのだが、どうだろうか。

そのまっすぐさは、この戯曲が学生時代に書かれた、ということから来ているのでは、などとも考えてしまう。

しかし、これほどの作品を学生時代に書けたということが、そもそも脅威なのではあるけれども……。」

 

決して「まっすぐに闘わせている」のではないことに、小山内伸氏の劇評を読み、気づかせてもらえた。となると、『Das Orchester』は野木萌葱氏の「若書き」の作品だから……などと分かった風な言い方をしてしまったことも、恥ずかしい。

 

つぎに、『血のように真っ赤な夕陽』(作 古川健、演出 川口啓史)について――

 

古川健氏は劇団チョコレートケーキの座付の劇作家だが、『血のように真っ赤な夕陽』は俳優座に提供された。

小山内伸氏は劇評にこんなことを書いていた。

 

「本作は美談めいた人情ドラマといった趣が強い。ナレーションを含め説明的な台詞が多いこと、終幕でメロドラマ的な偶然を使っていることが、まずある。加えて、人物の性格を強調した演技が温もりと裏腹の湿っぽさをもたらしている。」……と。

 

「層の厚い俳優座の面々は優れた好演をしている。」としつつ、大事な指摘をしている。

「しかし、性格を前面に押し出す演出と古川の作劇とは必ずしも相性がよくない。」……と。

 

そして、一つの提起をしている。

「チョコレートケーキの舞台ではむしろ、ある状況に置かれた人物の言動を、状況に突き動かされたものとしてドライに提示するおかげで、状況と時代を鋭く問うことに成功している。本作も感動的なドラマを志向するよりも、状況の非情さを乾いた文体で提示すべきだったのではないか。」

 

たしかに、劇団チョコレートケーキが上演してきた古川作品と、今回の俳優座による古川作品とでは、印象が異なる。どうして、その違いが生じたのか、それを小山内氏は分析してみせてくれた。

 

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